「何、聴いてるの?」
高校生活3日目の朝に教室で1時限目の教科書を見ながらポータブルCDプレイヤーを聴いていた麻理子に登校してきた遥子が尋ねた。
「ビリー・ジョエル」
「聞いた事ある!名前だけだけど」
「聴いてみる?」
「ありがと」
遥子は麻理子からヘッドフォンを受け取り耳に当てた。
この時、入っていたCDは『ピアノマン』
律儀な麻理子はPREVボタンを数回押して最初から聴かせてあげた。
♪流れ者の祈り《Travelin’ Prayer》のイントロが流れ出した途端に遥子の表情に変化が現れた。
麻理子は一瞬、気に入らなかったのかなと思ったが
「これ・・・・・いい!」
「ホントに?」
「うん!」
「よかった」
麻理子の顔も綻ぶ。
暫し試聴に集中する遥子。そしてピアノからヴァイオリンのソロに入る辺りで口を開いた。
「ねぇ、今日の帰りにCD屋さんに付き合って!」
「え?」
「これと同じ物を買いたいの」
これには麻理子も驚いた。
麻理子の音楽的な趣味は同世代から見たら当時の流行とは程遠い物であったので中学時代には同級生から「変わったヤツ」と思われていた。
だが遥子は、このロック・クラッシックを本気で気に入った様だ。
「貸してもいいよ」
「ううん。帰りにヨロシクね!」
その日、麻理子と遥子に共通の趣味が出来た事によって二人の仲は、より一層深まる事になる。
放課後、地元のCDショップに行き何種類かあるビリー・ジョエルのCDの中から麻理子が『ピアノマン』を抜き取って遥子に渡した。
その時、遥子は何かもう1枚、お薦めは無いかと聞いてきた。
麻理子は少し考えて、やはり自分のお気に入りである『ニューヨーク52番街』を選んで渡した。
翌朝、登校してきた遥子はまるで宝物を貰ったかの様に麻理子に感謝し、麻理子もまた、同じ感動を遥子と共有出来る事を喜んだ。
そして、その翌年にビリー・ジョエルの来日公演が決定。
チケット取得の方法に疎かった麻理子の代わりに遥子が、ぴあで武道館のチケットを購入。
二人にとって初めての、また麻理子にとっては念願のビリーのコンサート。
当日、麻理子は楓の写真を持って武道館に赴き親友の遥子と、そして掛け替えの無い存在だった楓の魂と共に初めてのコンサートを存分に楽しんだ。
アンコールの♪ピアノマンで麻理子は遂に感極まって泣き出してしまい、まともにステージを観る事が出来なくなり、また楓の存在を聞いて知っていた遥子も麻理子の肩を抱きながら同じように涙を流した。
事情を知らない廻りの大人達は二人の嗚咽に一瞬戸惑いの表情を浮べていたが気持ちを察したのか、中には貰い泣きをするご婦人までいた。
だがコンサート終了後に麻理子がアッケラカンとした表情で「ねえ、お腹空かない?」と言ってきた時には流石に遥子もズッコケた。
「麻理子はホントどんな時でも食欲だけは絶対に無くならないよねww」
昨年の武道館の後に立ち寄った新宿駅近くのイタリアンの店で当時の事、そして幾つかの思い出話、更には初めて出会った時の事に触れながら遥子に笑われた事を思い出した。
楓と麻理子。麻理子と遥子。それぞれがビリーによって絆が深まったと言っても過言では無い。
そして今、矢沢永吉の唄が麻理子に新たな絆を与えてくれそうな予感を麻理子は漠然と感じていた。
麻理子は2枚の『52番街』を棚に仕舞った。
《楓叔母さんが永ちゃんを聴いたらどう思ったかな?》
机の引き出しから、あの日、武道館に一緒に行った楓の写真立てを出して目の前に置く。
天国の楓にも聴かせたいと思ったのか麻理子は少しだけコンポのヴォリュームを上げた。
第壱章 了
コメント
いつも楽しみに読ましてもろてます
(アンコールの♪ピアノマンで麻理子は遂に感極まって泣き出してしまい・・・)
ってところで思わず、ウルッと来て、もう一度NO20に戻って読み返しまたウルッと来てまいました
誰にも思い出の曲ってありますよね、第弐章も楽しみにしとります。
大阪の永ちゃん狂いさん♪^^
こちらこそ、いつもありがとうございます
そこまで感情移入して頂けると
ホント物書き冥利に尽きるであります
現在、第弐章047まで書き上げておりまして
手直しを繰り返しつつ随時更新予定ですので
これからもヨロシクお願いします