ステージ上で準備に掛かるYASHIMAのメンバー。
他のバンドと違いベースの敏広が上手側でギターの賢治が下手側。
アンプとエフェクターのセッティングを手際良く終わらせ敏広がフェンダーUSAプレシジョンベース、賢治がヤマハ・パシフィカのジャックにシールドを接続し最後のチューニングを合わせる。
裕司がマイクテストをしてる最中、客席から声が聞こえてきた。
「ドラムが居ないよ。このバンド」
「えぇ~?マジぃ~?」
「信じらんないんですけど~」
「バンド名もヤシマだってぇ~」
「何かダサーい」
そんな声の中、部長達3年がフロアの端でニヤけながら傍観している。
実はこれ等は3年部員が自分達のオッカケに吹き込んだ物であった。
このネガティヴ・キャンペーンが意外な程、効果を発揮し会場は何か滑稽な物でも始まる様な雰囲気になっていった。
だが所詮それ等は素人の戯言。
3人は我関せず自分のやるべき事に集中していた。
チューニングが終わりドラムマシンの起動とプログラミングを確認した敏広が賢治と裕司にアイコンタクトを送る。
同時に頷く二人。
「いよいよバンドもどきの演奏が始まるぞーっ!」
「お~こりゃ楽しみだぁ~!」
3年が野次を飛ばし、それにドッと笑いが起こる。
無視してドラムマシンのPLAYボタンを押す敏広。
4拍子のカウント音が鳴るとギターとベースが揃って高速タッピングを披露する。
デイヴィッド・リー・ロス・バンド時代のスティーヴ・ヴァイとビリー・シーンを彷彿させる見事なオクターヴ・ユニゾン。
この一発で会場の嫌な空気は一瞬にして吹き飛んだ。
賢治と敏広の演奏力は今迄出てきたバンドとは雲泥の差で約20秒の短いパートだが初っ端の掴みには充分だった。
Eの開放弦にハーモニクスのロングトーンで仕上げると空かさず次の曲のカウントが始まる。
YASHIMAが初陣一発目に選んだ曲は♪レイニー・ウェイ。
イントロをリピートで引っ張り裕司がマイクを握る。
「雨に~泣いてる~国道レイニー・ウェイ~♪」
搾り出す様な裕司の歌声は、このワンフレーズだけでオーディエンスの目を釘付けにした。
明らかにレベルが違う。
歌の上手い下手は素人にも楽器演奏よりは、その差がハッキリと判る。
余り派手な事が得意で無い裕司が歌う事に集中してる中、敏広と賢治は弾きながらも要所要所で派手なアクションをキメる。
現時点ではフロアは全く盛り上がっていない。だがそれは皆が度肝を抜かれている為であった。
一曲目がエンディングを迎えると再びドラムのカウントが入り軽快なシャッフル・ビートがリズムを刻む。
2曲目は♪YOU。
この頃になると自然と曲に乗せて体を揺らすオーディエンスがチラホラと出てきた。
同時に最初は4割程度しか埋まって居なかったフロアも次第に人が増えていき間奏の頃には椅子席は殆ど埋まり空きスペースには立ち見客が集まりだして、その数は益々増えていきそうな雰囲気であった。
ふと、敏広の視界にフロアに居る部長達が入る。
その表情は明らかに困惑とでも言おうか狼狽とでも言おうか、さっきまでのニヤケ面は影も形も無くなり情けない程に圧倒されてるとゆう様子が有々と出ていた。
《へっ!今頃気付いても遅いんだよ!》
敏広は演奏しながらドヤ顔で部長達を見据えた。
《お前等と違って俺達は日々練習を重ねてきたんだ!そして何より今の俺達には…YAZAWA魂が有るんだからよっ!!》
エンディングで裕司に合わせてシャウトをハモらせる敏広。
この敏広のアドリブに賢治と裕司は一瞬驚いたが逆に敏広の気合を感じた2人は負けられないと、やる気を更に奮立たせ、この日YASHIMAはデビューとは思えない程の神懸り的なアンサンブルをぶちかました。
コメント