ネット小説☆女達のトラベリン・バス☆098

雅彦によって開花した裕司の才能。
だがこの頃その才能を理解してたのは、その雅彦ただ一人だけであった。


遊びの延長とはいえ日々のレッスンで着実に歌に対する自信と実力を付けてきた裕司。
だが学校の音楽の授業の時
「汐崎君、廻りの子達の歌が聞こえないからそんなに怒鳴らないで!」
合唱の時に教師から言われた言葉に裕司は唖然とした。
怒鳴ってなどいない。腹から声をしっかり出してちゃんと歌っているだけだ。
だが、この教師は聖職者としての自覚が全く無い横並びが大好きな典型的マニュアル教師で子供達個人の能力や才能には全く感心が無かったのだ。
その後も裕司は普通に歌ってるだけなのに廻りより飛び抜けている為に逆に注意を受け、それが原因でクラスメイトからも囃し立てられ裕司は学校での音楽の授業が大嫌いになってしまった。


その事を雅彦に話すと
「先生もクラスの奴等も大馬鹿だ!歌を、音楽を全く判ってない!」
更に雅彦は続ける。
「裕司、お前の歌は本物だ!だから逆に、そいつ等には理解されないんだ!そんな奴等相手にするな!いつかきっとお前の才能に気付く人が現れる!」
以来、裕司は「能有る鷹は爪を隠すもんだ」という雅彦のアドバイスを受け音楽の授業で本気を出すのを止めた。


その為、幼馴染の敏広も裕司の歌の実力には、この時点では全く気付いていなかったのだ。


やがて中学になり、その才能に敏広が気付くのだが、その時、雅彦はこの世には居なかった。


裕司が6年生の時、雅彦の視力を奪った癌が胃や肺にまで転移しているのが見つかり手術を受けるも、手の施し様が無いまでに悪化してしまっていたのだった。

最後の日、病院で壮絶な痛みに耐えながら雅彦は集まった家族、親類の中で裕司だけに病室に入る許可を出した。


「裕司・・・僕はお前に会えて本当に幸せだったよ・・・ただ・・・僕のピアノと・・・・・・お前の歌で・・・・・出来れば一緒に・・・・・天下を取りたかったな・・・・・それだけが心・・・残りだ・・・・・・」


裕司は震える雅彦の手を握り締めながら泣きじゃくる以外、何も出来なかった。


「将来・・・・その才能を・・・・・どうするのか・・・・・それは・・・・・お前が決める・・・・事・・・だ・・・・だけどな・・・・・裕司・・・・・・お前の唄は・・・・・・僕が知ってる限り・・・・・ま・・間違いな・・・・・」


ここで雅彦は力尽きた。


「あの時、お兄ちゃんが何て言おうとしてたのかは判らないけど何の取柄も無かった俺に自信が持てる物をくれて、いつも褒めてくれて、本当お兄ちゃんには感謝してもしきれない位だよ。だから尚更あの時は辛かったな………」
聞きながら麻理子は涙ぐんでいた。
自身も最愛の叔母を癌で亡くしているので裕司の気持ちが痛い程に判る。
「あ…ごめんね!何だか湿っぽくなっちゃって」
裕司の言葉に首を大きく横に振る麻理子。指で目尻を拭いながら
「ねぇ」
「ん?」
「私、裕司君の歌、聴いてみたいな…」
「えぇっ?」
「駄目?」
「いや、駄目って訳じゃ無いんだけど……」
裕司は敏広と賢治がバックで居ないと不安でカラオケも何故か苦手であった。
「その………じゃあ機会があったら披露するよ」
「約束してくれる?」
「うん…判った」
その言葉に屈託の無い笑顔を見せる麻理子。
それにまた心奪われる。
「あ、それじゃそろそろ今日のメインの場所に向おっか?」
「うん」
2人は店を出て赤坂通りを溜池山王方面に歩いていった。

つづく

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