ネット小説☆女達のトラベリン・バス☆122

あの頃、拳斗は眞由美との結婚を一度は本気で考えた。

だが眞由美と出逢う前から決めていた進路を変えるつもりも無かった。

自衛隊。いくら平和な時代とは言え、そこには必ず『死』が付き纏う。
例え平時でも訓練中等に命を落とす事も充分有り得るのだ。
いつ死んでしまうか判らない自分に眞由美を幸せに出来るのか。その資格があるのかと悩み、拳斗は眞由美を想う故に一度、終わりにする道を選んだ。

だが実際に別れると後悔の念に苛まれる日々だった。
眞由美との思い出を励みに頑張るつもりだったのに逆にそれが愛の傷みと化してしまい苦しんだ。
拳斗はやっぱり忘れよう、振り払おうと我武者羅に訓練に没頭。
皮肉な事にそれが上官の評価に繋がり上層部の覚えも良くなっていった。
約3年の任期を迎える頃には満了と同時に除隊を考えていたが頭脳、体力、両方を兼ね備えている拳斗を上層部が放っておく筈が無く半ば強引に隊に留まる様に説得されてしまう。

同じ頃に上官に見合いを勧められ一度は断るものの、これも「命令だ」とゆう事で強引に席を設けられ、しかも相手はその上官の娘であった。
拳斗より2歳年上で外務省勤務だが役人とは思えない清楚な雰囲気の美人であった。
その相手が拳斗を気に入った事により縁談は瞬く間に進み見合い後3ヶ月でのスピード婚。
ここに拳斗の意思は殆ど反映されなかったのだが相手に特に不満も無い事から流されるままを受け止める事にした。

そんなある日。

某テレビ局のバラエティ番組班から自衛隊の体験入隊を利用した不良少年更生プログラムなる企画を依頼され拳斗がその担当に任命された。
その当日、テレビ局側からはバラエティ番組としての過剰かつ現実離れした演出等の理解と受け入れを申し入れられたのだが拳斗はそれに全く応じようとはせずリアルな自衛隊スタイルを貫いて拳斗なりの不良少年更生を真摯にお手伝いして差し上げた。

実はこの中に例の鴨川ブラザースが居たのだった。

互いの事を憶えていた拳斗と二人。
拳斗は二人を特別に可愛がってやり、もはや放送コードの限界を遥かに超えた内容に局は放送不可と判断。番組はお蔵入りとなってしまったのだった。

話を戻すと結婚生活は良好。ささやかな幸せを感じ始めていた拳斗。だが休暇中に妻と車で外出した際に対向車線をはみ出して来た車両と衝突。
拳斗は咄嗟に助手席の妻を庇う様にハンドルを切り、お陰で妻は殆ど無傷で済んだ。
一方、対向車の運転手は死亡。拳斗も瀕死の重傷を負い一度は心肺停止状態にまで陥ったが何とか一命を取り止めるも長期間の入院生活を余儀なくされる。
だが超人的な回復力で2ヵ月後には自力で立ち上がりリハビリを開始。
更に3ヶ月後には普通の生活が出来るまでに回復し、これには病院関係者が皆、驚いていた。

しかし事故の時に負傷した左膝の関節の具合が芳しくなく日常生活に支障は無いが自衛隊での激務には耐えられないだろうと主治医に言われ、この診断に拳斗は除隊を決意。
それを妻に伝えると妻も除隊を薦めた。

全ての手続きを済ませ再就職先を考えていると妻が話があると言ってきた。

「何だい話って?」

自宅の居間にて妻はテーブル越しに一枚の用紙を拳斗に差し出し穏やかな表情で言った。

「別れましょう」

それは離婚届であった。

呆気にとられる拳斗。少なくとも自分は離婚を迫られる様な事は何もしていない。

妻が離婚を決めた理由。それは拳斗の『寝言』であった。

妻は普段の生活には何ら不満は抱いていなかった。
だが就寝中、そして昏睡状態の中、必ず拳斗の口から出てきた寝言が自分の名では無く『眞由美』だったのだ。
普段の寝言だけならまだ我慢出来たが集中治療室の中で目を覚まさない中『眞由美』の名を呼び続ける事によりドクターやナースが自分の名を『眞由美』だと勘違いして実際にその名で呼ばれた時は流石にプライドを傷付けられた。

「貴方は『眞由美』さんって人の所に帰るべきだわ」

返す言葉も無い拳斗。
無自覚とはいえ妻に恥をかかせた事には変わりない。

「…………すまない」

拳斗は判を押した。

つづく

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