「あの……久しぶり!」
「え、えぇ、本当に」
よりによって親友の元カレに会うとは流石に遥子もどんな顔をしていいのか判らなくなる。
「どなたかの…お見舞い?」
「う、うん。上司の」
「そ、そうなんだ」
「うん。…小野寺君はお仕事?」
泰昭が医療機器メーカーに就職してた事は以前、麻理子から聞いていた。
「そう。新製品の説明で呼ばれて伺ったんだけど他にも色々頼まれちゃってねぇ」
「大変ね」
「まぁでもこんな御時世だから仕事が増えるのは有難いよ。あ、立ち話もなんだから場所変えない?実は話したい事が有るんだ。時間大丈夫?」
「うん。私は平気」
病院の最寄駅に隣接しているスターバックスに立ち寄る二人。
店内は満席だったがオープン・テラスの丸テーブルが空いてたのでそこに座る遥子。
「お待たせ!カプチーノで良かった?」
トール・サイズの二つの紙カップを持った泰昭が一つを遥子の前に置く。
「うん。何でも」
バッグから財布を出して代金を払おうとすると
「あっ、いいよ!ここは俺が持つ!」
「えっ、でも…」
「いいんだ。こっちの都合で付き合って貰ってるんだし。ここは俺に奢らせて」
「そ、そう」
財布を仕舞う。
「それじゃ頂きます」
「うん」
二人同時に一口飲む。
「それで…話って?」
「あぁ!うん……麻理子の事なんだけど」
他に有る筈も無い。
「知ってるとは思うけど…………ちょっと前に別れてね……」
「うん」
「その……何て言えばいいのか…………」
「仕方無いよ。その件に関しては麻理子が悪いと思うし」
「あぁ、そこまで知ってるんだ?」苦笑いの泰昭。
「うん」
「そっか。……だけど今は俺も反省してるんだ。もう少し麻理子の事を考えてあげるべきだったんじゃないかと…」
遥子は一瞬、泰昭が麻理子と寄りを戻したいのかと思ったが、その時、泰昭の左手薬指に着けられている指輪が目に入った。
「忙しいのを理由に麻理子に対して不誠実だったんじゃないかと思うと申し訳なくてね………」
「男の人が仕事を第一に考えるのは当然だよ。麻理子が甘ったれてたの」
「女性にそう言って貰えると男としては気が楽になるよ。ただ……別れるにしても、もう少し言い方とかあったんじゃないかと思ってね。今更何を言っても遅いけど…その……」
「大丈夫だよ。麻理子は今、幸せだから」
それを聞いた泰昭の表情が少し明るくなる。
「そ、そうか!それなら良かった!」
「うん」
「良かった!うん、本当に……」
何処か自分に言い聞かせてるかの様な泰昭。過去の恋愛を引きずるのはいつも男の方である。
そして二人は互いの近況を語らうと程なく席を立った。
「今日は本当にありがとう!お陰で胸に閊えてたモヤモヤがスッキリしたよ!」
「どういたしまして」
「遥子ちゃんもマレーシア、気を付けて!」
「うん。小野寺君もお幸せに」
その言葉に怪訝な顔になる泰昭。遥子が左手を指差す。
「あぁ、うん。ありがとう!」照れ笑いが浮かぶ。
「あ、それじゃ元気で!」
「コーヒーご馳走様」
笑いながら足早に去ってゆく泰昭の背中を見送る遥子。
その姿が地下へと下り見えなくなると遥子は大きな溜息を吐いた。一体今日、何度目の溜息であろうか?
「今日は盛り沢山ねぇ~」
いい加減打ち止めを願う遥子。空を見上げると、もう日が傾きかけていた。
時間が気になりバッグから携帯を取り出す。
先程まで病院に居た為OFFにしていた電源を入れると途端に複数のメールを受信し出した。
素早くチェックする遥子。不在着信と留守電のお知らせが目に止まる。
「裕司君から?」
裕司から遥子に電話とは珍しい。伝言を聞こうとサービスセンターに繋げようとした所で電話が着信し震えた。
「敏広君?」
通話ボタンを押す遥子。
「もしもし?」
「遥子ちゃん今、話しても平気!?」かなり慌てている様子。
「う、うん。大丈夫だけど」
「裕司から電話が有ったろ?」
「うん。ただ出られなくて今から留守電聞く所だったんだけど……何か有ったの?」
「実は……」
「…………ちょっと嘘でしょう!?」
思わず大声を上げてしまう遥子。道行く周囲の者達がビックリして何事かと足を止める。
裕司と敏広からの電話。それは神崎雄一郎の訃報であった。
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