「いらっしゃいませ!」
横須賀のステーキハウス『サンライズ』夜の部の開店直後にスズキGT750に乗った一人の若い女が訪れた。
その新規客を眞由美が一番手前のテーブル席に案内する。
「注文が決まったらお呼び…」
「朝倉眞由美さんよね?」
「…………はい」
「村上真純と言えば判るかしら?」
途端に眞由美の顔から笑顔が消えた。
暫く互いを見据える二人。
すると眞由美の表情が不敵な微笑に変わる。
「これはこれは!天下の『歪虜怒王』の総長さんが自ら御出ましとは光栄だわ」
その皮肉に苦笑する真純。
「喧嘩上等は結構だけど時と場所を考えてくれる?私は今バイト中なの。もしここで一騒動起こそうって気なら本気で殺すわよ」
「待ってよ!私は貴女に喧嘩を売りに来たんじゃないわ。話し合いに来たのよ」
予想外の言葉にチョット驚く眞由美。だがまた嘲りにも似た表情に戻る。
「話し合った所でアンタ等の罪が消えるとでも思ってるの?私はねぇ、アンタの様に徒党を組んで弱い者虐めする様な奴等が大嫌いなのよ!」
「貴女の言ってる事は正しいわ。だけど誤解も有るって事を理解してくれないかしら」
「誤解ですって?言い訳の間違いじゃなくて?」
「どう解釈して貰ってもいいけど先ずは話を聞いてくれない?」
「バイトは10時には終わるわ。その後だったら幾らでも相手してあげる。あぁ、それとも既に手下が此処を取り囲んでるのかしら?」
オーバーなアクションで窓の外を見渡す眞由美。この態度には真純も流石に怒りを露わにする。
「私は事実を話しに来たと言ってるのよ。それとも『ハマのメドゥーサ』には日本語が通じないのかしら?」
この挑発に眞由美は鬼の形相に変わると同時に右の拳を真純目掛けて放とうとした。
だがその時
「!」
騒ぎに気付いて駆け付けた拳斗が眞由美の手首を掴む。
「まぁ待て。話くらい聞いたらどうだ」
「でもねぇ!こいつらは……」
「たった一人で此処迄来たんだ。せめてその心意気は汲んでやれ。それに…」
一度、真純の方に視線を向ける拳斗。
「噂程、悪い奴には見えん」
真純はその言葉にちょっと感激した。
そのまま拳斗は半ば強引に眞由美を真純の向い側に座らせる。
すると店主の奥さんがコーラの入ったデカいジョッキを二つ持ってきてテーブルの上に置いた。
「俺の奢りだ」
「駄目よ!これは私の奢り」と笑う奥さん。
「いや、でも……」
コーラのジョッキを用意したのは実は拳斗であった。
「いいからいいから!私達は仕事に戻りましょう」
拳斗の大きい背中を押しながら厨房へと戻る奥さん。
「あ、ありがとうございます!」
コーラをご馳走になる事より話をする場を設けてくれた事に対する礼であった。
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