ネット小説☆女達のトラベリン・バス☆218

翌日になるとサギ高の同窓生や軽音部の後輩達からYASHIMAの3人にライヴに関する問い合わせが昼夜問わず来る様になり会場事務所にもそれが殺到。

余りの反響の大きさに、ならばいっそ大々的に告知しようと川崎市と会場のホームページ、また市発行の広報誌に詳細が掲載され、しかも真純が今回のライヴの告知ポスターまで独自に作ってくれた。

だが出来上がったポスターを見てYASHIMAのメンバー、特に裕司は青褪めてしまった。

「ちょ、ちょっと情事さん何ですかこれっ!?」
「あら?私が寝ないで考えたポスターに何かご不満でも?」

因みに「寝ないで」というのは嘘である。

「いやポスターってゆうか此処ですよココッ!」

黒い背景のポスター上段にYAZAWAのロゴをモチーフにしたYASHIMAの赤いバンド名のロゴ。真下に『一夜限りの復活LIVE! この日YAZAWA魂が爆発する!』とゆうキャッチコピーと日時、会場、開演時間、入場料等の詳細が書かれており更に裕司が指差す最下段にはデカデカとこう書かれてあった。

『YAZAWAがやらなきゃ俺がやる!!』

因みにこれ等のコピーを考えたのも真純である。

「こんなの…もしゴリゴリのベテラン・ファンの人達に見られたら………」
「アンタそんな事でビビッてどうするのよ?当日はそのゴリゴリ・ファンも多く来る予定なんだから、これ位の気持ちで挑みなさい!」

そのポスターは川崎の繁華街に有る多くの店に貼って貰う事が出来、当然、眞由美の店にも貼られた。

そこで、ある一見客のグループが例のキャッチコピーに反応。

「『YAZAWAがやらなきゃ俺がやる!!』だとぉ!?」

このグループは当然、酔っていた。

「生意気な奴等だなぁ!」
「ツブすかぁ!?」
「こうゆう輩はシメなきゃなぁ!」と息巻く。だが

「YASHIMAは私の仲間なんだけど何か文句あるの?」と店主の眞由美。

お得意の氷の微笑を浮かべ、カウンター奥では氷を削ってる最中の愛美がアイスピックを持ったまま母親とソックリな表情をしている。

そのアイスピックの先端が鈍く光る。

一瞬にして酔が冷めたそのグループは沈黙したまま、そそくさと会計を済ませ退店していった。

そして一方で

「そっかぁ。そんな事が…」

マレーシアの遥子はスカイプを通じて麻理子が話してくれる近日中の日本での出来事を興味深く聞いていた。

中でも遥子が気になったのは例の眞由美のバースデー・パーティーでの澄子の突然の涙に関して。

仮病を使ってコンサート参戦を断ったという話だが、もし、その時、澄子が参戦していたなら、自分があの日YAZAWAの洗礼を受ける事は無かった。

それはつまり後々、真純や眞由美達と出会う事も無く当然、麻理子を武道館に誘う機会も無かったという事なのだ。

それを思うと何だか怖くなるのと同時に、人生とは何がどう、自分達に影響を及ぼすのか判らないという事を痛感してしまうのだった。

「ねぇ、遥子この日は来れない?」

麻理子からのYASHIMAのライヴのお誘いに現実に戻る遥子。

「行きたいけど無理よ。年内は纏まった休みを取る事も出来ないから」
「そっか………」

駄目元で聞いてみたが無理と言われるとやっぱり残念でならない。

「来年は何日かでも日本に戻ってこられる?」
「確約は出来ないけど余程のトラブルが起きない限りは大丈夫!その為に今、私は頑張ってるんだから!」とガッツ・ポーズを見せる遥子。

マレーシアに赴任直後は慣れない環境の為かトラブルの連続だったが今は仕事も軌道に乗せる事が出来、その後は順調であった。

「麻理子もYASHIMAのマネジメント大変だろうけど頑張ってね!」
「ありがと!」
「うん!じゃあ、そろそろ切るね」
「えぇ~~~~っ!?」麻理子の頬が膨れる。
「まだお話したい事いっぱいあるのにぃ!」
「また今度ね」

全部の話題に付き合ってたら明日の朝まで掛かる事を遥子は長い付き合いでよく解っていた。

「もっと遥子とお喋りするぅ!」
「子供みたいな駄々捏ねないの!じゃあね!お休み!」

投げキッスをする遥子。けんもほろろに回線が切れる。

「遥子のばかっ」

仕方が無いので中断していた掃除を再開する。

最近、断捨離を始めた麻理子。

必要な物、不要な物、使う物、使わない物を分け、洋服、バッグ、小物類は意外にあっさり処分する事が出来たのだが使わない物の中にどうしても捨てられない物が有った。

それは最愛の伯母、楓の形見であるLPレコードであった。

モロにレコード世代だった楓はCDも沢山所有していたがレコードの枚数も優に300は越えていた。

そのレコードを整理していると、急に何だか1枚1枚を確認したくなってしまった麻理子。

掃除の途中で散らかったままの部屋の中にてレコードジャケットを1枚1枚チェックする。

思えば楓から譲り受けたCDは全部、耳を通していたがレコードはプレーヤーが無かった事も有り形見分けの後は纏めて押入れの奥に仕舞い込んでしまったので、どんなアルバムが有るのか全部を把握してはいなかった。

「楓伯母さんってホント色んな音楽聴いてたんだなぁ…………」

共に好きだったビリー・ジョエルのレコードが有るのは当然として、他にはキッスにデヴィッド・ボウイ、ボストンやTOTOにジャーニーから、意外な所ではピンク・フロイドにキング・クリムゾン、ジェネシス、ピーター・ガブリエル等のプログレ系にマイルス、コルトレーン、チック・コリア、ハービー・ハンコック、アル・ディ・メオラと言ったジャズ、フュージョン系、更に1、2枚程度であったがYMOや、大滝詠一、八神純子、EPO、佐野元春等の邦楽アーティストのアルバムまである事にはちょっと驚いた。

そんな中

「へぇ~!P.M.9まで有る!」

意外なレコードを手に取り眺める麻理子。

その黒いジャケットを置いて次のレコードを手に取ろうとした、その時

「………えぇっ!?」

麻理子はもう1度先程のアルバムを手に取って凝視した。

それは矢沢永吉の通算9枚目のアルバムでファンの間でも名盤と誉れ高い『P.M.9』であった。


急に幼い頃の記憶が蘇る。

いつも助手席に乗せてもらっていた楓のMR2。

カーステレオから流れてくる曲はどれも英語の歌ばかり。だが極稀に英語と日本語が入り混じった曲もそういえば有った。

「Yes~My~Love~…いいわねぇ!」と唸りながら曲に合わせて口笛を吹く楓。

そして遥子に連れて行って貰った初めての永ちゃんの武道館の光景が浮かぶ。

あの時、何故か懐かしいと感じた原因はこれだったのだ。

それからページをめくる様に手早く他のレコードをチェックすると他に『It’s Just Rock’n’roll』と『E’』も見つかった。

ふと壁に掛けてある一つ目のフォトフレームに目を向ける。

幼い自分を抱き抱えている楓が今の自分に向かってウィンクしてる様に見えた。

「あ、あははははは!」

思い掛け無い所で楓との新たな絆を発見した事に麻理子は何だか嬉しくなった。


つづく

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