「あの吉岡さんて人、本当に凄いね」
「やっぱ麻理ちゃんも判る?」
「うん!」
練習後に裕司宅へと一緒に帰る麻理子と裕司。
「今日、私も最初から最後まで身体が自然とリズムに乗っちゃってた」
「解るよ!俺も歌ってて凄く楽しくて何てゆうか練習って事を忘れそうになっちゃってさ」
「今日の裕クンいつも以上にすっごく楽しそうだった」
嬉しそうに笑う麻理子。
「あの感じで緊張しないで本番も出来たらなぁ」
「出来るよきっと。裕クン達なら」
「あぁ、ありがとう」
「うん」
裕司の腕に抱きつく麻理子。
「良いライヴにしたいね。私も出来る事なら何でもするから」
「あぁ。俺も燃え尽きるつもりで頑張るよ!」
「澄子さん、喜んでくれるといいなぁ……」
「麻理ちゃんと皆は澄子さんの為に。そして俺は麻理ちゃんの為にも頑張るよ」
「嬉しい……」
「えっ?あ、ちょっと…んん…」
人目も憚らず麻理子は裕司の首に手を廻し唇を重ねた。
お盆を迎えたある日
線香を立て雄一郎の遺影に手を合わせる澄子。
仏壇の前には缶ビールと冷酒。そして雄一郎の大好物であった澄子特製の葱入り玉子焼きとブリの照り焼きがお供えされている。
そこに
ピンポーン!
寺田兄弟の二人が訪れた。
徹と護は先ず仏前へと赴き線香を上げ、その後リビングへと招かれる。
久々に澄子の手料理で昼食という事になり、その懐かしい味に舌鼓を打ち童心に帰る二人。
「御馳走様でした!」
テーブルには空いた皿が大量に並ぶ。
「こんなに綺麗に食べて頂けると作る方としては本当に張合いが有るわ!」
「だって本当に美味しいですから」
「ついつい食べ過ぎてしまいますよ」
「あんまり大きな声では言えないけど俺達にとってお袋の味って実は澄子さんのお料理なんですよねぇ」
「これもあんまり大きな声では言えないけど女房の料理より全然美味いからなぁ!」
「そうそう!こちらで料理の修行してこいっていつも言いたくなる位だよ!」
「まぁ」
困った様な笑顔を浮かべる澄子。
食後のティー・タイムになると例のライヴに関する件が話題に上った。
「本当に楽しみだわ!彼等がどんな演奏を観せてくれるのか」
澄子の表情がいつも以上に明るくなる。
「実は我々も佐野さんからお誘いを受けておりまして」
「まぁ!なら一緒に行きましょうよ!」
「いやぁ、お誘いは有難いのですが………」
「いいんですかねぇ?我々の様な部外者が」
徹も護もライヴやコンサートとは無縁の生活をしている為に遠慮というよりは躊躇してしまっているのだ。
「部外者だなんて!真純さんは社交辞令を簡単に言う様な方では無いから、きっとお二人にも本当に来て欲しいのだと思うわ!御都合が悪いのなら別ですけど、もし大丈夫でしたら、その日、私に付き合って下さらない?」
「……そうですねぇ。こうゆう機会が無ければ、その様な場に行く事もこの先、無いでしょうし」
「行くか兄貴!」
「………そうするか!」
「まぁ嬉しい!一緒に楽しみましょうね!!あっ、そうそう!」
澄子は何かを思い出したかの様に立ち上がると引き出しの中から一通の封筒を取り出した。
「お二人で一度、目を通しておいて頂ける?必要でしたら後で封を閉じて下さいな」
護が受け取る。反射的に中に目を向けると数枚の便箋が収められていた。
「あの……これは?」
澄子は穏やかな表情でこう答えた。
「遺言です。主人と私の大切なお友達への」
コメント