翌年 9月20日
麻理子達は横浜の、とある霊園を訪れていた。
雄一郎と澄子が眠る墓碑を拳斗や裕司達、男手で綺麗に掃除をする。
磨き上げ水を数回、丁寧に掛けると千晶が墓前に花を手向ける。
「澄子さん、永ちゃん、昨日、長い旅、歌ってくれたよ………」
里香から線香を受け取り、それも手向け両手を合わせ静かに目を閉じる。
この日の前日、矢沢永吉は東京ドームにて『ROCK’N’ROLL』と題したコンサート、俗に言う『還暦ドーム』を開催。
W・アンコールにて歌われた♪長い旅、を聴いた時、この場に居る誰もが澄子と雄一郎の二人を思い出さずにはいられなかった。
コンサート終了後、恒例となっている打上げは行われず皆、真っ直ぐに帰宅。
翌、本日、改めて集まり澄子の一周忌にと墓参りに来たのだった。
横浜の高台に位置した霊園。
生前、定年を迎えた雄一郎が「家を買ったついでだ。ワシ等の墓も買っておこう!」と言い出し澄子と二人で各地の霊園を見て廻った。
そして此処を訪れた際、横浜の港を一望出来る見晴らしの良いこの場所で「此処がいいわ!」と澄子。
その場所から観える景色は澄子の幼少時代の思い出を甦らせる物であった。
あの頃、家の近くに有る丘の上まで父と散歩に出掛けると決まって肩車を強請り父と一緒に海を眺めるのが好きだった。
また、大きくなると一人、当時は高価だった自転車に乗って出向いては物思いに耽る事も有った。
勿論、その思い出の場所とは違う土地、景観も劣るのだが、その頃の記憶を思い出させてくれた、この場所を澄子は気に入り「お前が気に入ったのなら此処にしよう」と雄一郎も賛同。
その時、澄子は雄一郎と共に時間を忘れ夕暮れに染まる港を眺めていた。
松岡美由紀が最後に手を合わせると
「感謝の気持ち………」
「えっ?」
千晶の呟きに里香が反応を示す。
「澄子さんが言ってたの。感謝の気持ちを忘れちゃいけないって」
じっと墓標を見詰め続ける千晶。
「どうして澄子さんが、あんなに綺麗で素敵だったのか、その秘訣が知りたくて質問したら帰ってきた答えがそれだったの。あの時は何の関係が有るんだろうって思ったんだけど今は解る様な気がするんだ………」
皆が千晶の言葉に耳を傾ける。
「澄子さん本当に綺麗な人だった。見た目だけじゃ無くてハートも凄く素敵な人だった。
その内面が、心が美しい人だったから、それがお顔とか表情、姿、振舞いにも表れてたんだ。
馬鹿だな、ホント私。今頃になって気付くなんて……」
目尻を指で拭う。
「感謝の気持ちを持っていれば人に優しくなれる。
感謝の気持ちを持っていれば人を好きになれる。
澄子さんが感謝の気持ちを常に持ってたから
あんなにも神崎さんの事を愛して澄子さんも愛されて……
愛情溢れる人だったから澄子さんは、あんなにも魅力的で……
だから私も澄子さんの事が大好きになったんじゃないかって。
みんなだってそうでしょ?」
麻理子も眞由美も愛美も微笑みながら頷く。
「そしてまた澄子さん、私達の事も凄く愛してくれてた。
澄子さんの最後の御手紙の時、私、思ったんだ……
自分一人で生きてるんじゃ無いんだって…………
勿論、私一人で今日まで生きてきたなんて思って無い。
でも私の廻りにある物、廻りに居る人達
それが有って当然、当たり前だって無意識の内に思ってたんだと思う……
だけどそれは違うんだ。
パパが居てママが居て、里香おばさん、永悟
そして今はみんなが居てくれるから、私は私でいられるんだ!」
ギュッと胸の辺りを強く掴む千晶。
「だから私も感謝の気持ちを忘れないで生きようって。
ううん、忘れちゃいけないんだ。
私は今、その事を教えてくれた澄子さんに本当に感謝してる。
また澄子さんと出会う事が出来たのも
里香おばさんや永悟、此処に居るみんなのお蔭。
そして……………
みんなと出逢える切っ掛けを作ってくれた永ちゃんに
今、心の底からありがとうって言いたい気持ちなの!」
「千晶ちゃん……」
涙ぐむ里香。
また一つ大人に成った千晶の言葉を仲間達が思い思いに噛み締める。
「俺達は皆……」
拳斗が口を開き始めた。
「世代も生まれ育った環境も全く違う中
こうして出逢い多くの時間を共有する機会に恵まれた。
千晶ちゃんの言う通り、その切っ掛けは永ちゃんに他ならない。
永ちゃんの唄を通じて出会い、永ちゃんの唄を通じて絆を深め、
永ちゃんの唄と共に成長し、そして今も尚、永ちゃんの唄と共に生きている。
俺も千晶ちゃん同様、こうして皆に出会えた事を
神崎さん御夫妻の人生に少しでも有意義な物を贈る事が出来た事を
そして、これからの人生を皆と共に歩んでいける事を永ちゃんに感謝したいと思う」
すると突然
「ロックンロールにぃ!」
敏広が叫び出した。
「かーんーしゃーしーよーうーぜぇーーーーーーい!!」
いつもの陽気でお道化た感じで歌う様に叫ぶ敏広。だがその表情は何処か切なく瞳にも何やら光る物が滲んでいた。
「フッ、そうだな!」
拳斗の顔も思わず緩む。
「センキュー、ロックンロール!」
「Thank You!Rock’n’Roll!」
「サンキュー、ロックンロール!」
「フェンキュゥ、ラックンロゥル!」
敏広が、拳斗が、千晶が、そして皆が共にYAZAWAな感謝の言葉を口にする。
「Thank You!Rock’n’Roooooooooooooooooll!!」
ボーーーーーーーーーーーッ!!
船の汽笛の音が響き渡り皆が一斉に港の方へと目を向ける。
抜ける様な青空。
流れる雲。
ゆっくりと回る風車。
桟橋から離れていく大きな船。
夏の終りを告げる冷たい秋風が麻理子の頬をそっと撫でながら髪を靡かせる。
カモメが舞い、降り注ぐ太陽の光と共に揺れる白波がいつまでも煌めいていた。
第伍章 了 最終章に続きます。
コメント
港の見える丘の空の下、雄一郎さんの魂も澄子さんの魂も、仲間達みんなの魂も一つに繋がれ固く結ばれた
「Thank You!Rock’n’Roooooooooooooooooll!!」の大合唱ですね。
海からの爽やかな潮風BayBreezeに身も心も包まれたような幸せを感じました。
BayBreezeさん♪^^いつも本当に有難うございます
http://s.maho.jp/homepage/6ba89ec2cff34907/
頂いたコメントの様に感じて頂けたなら作者として、こんなにも嬉しい事はありません
これも全ては永ちゃんとBayBreezeさん並びに、こちらに訪れて下さる皆様のお蔭で書く事が出来た次第です。
YAZAWA魂と皆様との絆にThank You!Rock’n’Rollです
私は麻理子さん達、そして雄一郎さんと澄子さんが一種羨ましく感じられます。
このような仲間に囲まれたらどんなに幸福かと。
一対一だとこうはならない。
個人的な話をすると、私は、私だったら、なるべく亡くなった友人の好きだった楽曲は聴かないようにする傾向があるんです。思い出したくないからというのではなく、聴くと悲しくなって耐えられないから…。
ハルモニアさん♪^^毎度です
本文にも有りますがYAZAWAを通じて出会った者達の絆を表現したかったので、その様に感じて頂けたなら有難いです
お友達に対するお気持ち、お察しします。
その辺りに関してもオレなりの解釈で最終章を書く予定なんで、もう少し女トラに御付合い願いますヨロシク