きのこ雲ランプ投稿のaespa中国人メンバーが紅白歌合戦欠場

SNS時代の象徴表現と、NHKの判断が問われた理由

はじめに

2025年のNHK紅白歌合戦を巡り、韓国発ガールズグループ aespa の出演をめぐる騒動が波紋を広げたが、開催が迫った29日、中国出身メンバー NINGNING(ニンニン)が欠場し、3人体制での出演が発表された。

だが、その背景には、単なる体調不良では片付けられない問題が存在していた。

本件は、過去のSNS投稿、歴史的象徴への認識、そして公共放送であるNHKの姿勢が複雑に絡み合った事例である。本記事では、その経緯と問題点を整理し、何が本質的に問われるべきだったのかを検証する。


問題の発端:過去の「きのこ雲」投稿

騒動の起点は、2022年にニンニンがSNSへ投稿した一枚の写真である。
それは、卓上ランプを紹介する軽い内容だったが、形状が原爆投下後に発生する「きのこ雲」を連想させるものだった。

投稿当時は大きな問題にはならなかった様だが
2025年にaespaの紅白歌合戦初出場が発表されると、この投稿が日本国内で再び拡散され、批判が噴出する。

日本において、きのこ雲は単なる造形ではない。
それは、広島・長崎の被爆体験と不可分な歴史的象徴であり、娯楽や無邪気な文脈で扱われることに強い拒否反応が生じやすい。

この文化的・歴史的ギャップが、騒動を一気に拡大させた。


批判の拡大と署名運動

SNS上の批判はやがて組織化され、
aespaの紅白出演取り消しを求める署名運動へと発展した。

オンライン上では10万筆を超える署名が集まり、NHKに対する対応要求が可視化される。一方で、「過去の投稿を理由に現在の活動を制限すべきではない」とする反論もあり、世論は分断された。

重要なのは、議論が個人攻撃へと傾斜する一方で、
出演を判断する側の責任が十分に問われなかった点である。


欠場発表と3人体制での出演

こうした騒動の最中、aespaの所属事務所は、
ニンニンがインフルエンザに感染し、医師の判断により紅白を欠場すると発表した。

公式には、投稿問題との直接的な因果関係は否定されている。
結果として、紅白歌合戦には3人で出演する形が確定した。

しかし、騒動の只中での欠場発表であったことから、
「事態の沈静化を狙った形ではないか」という見方が生じたのも自然な流れだろう。


NHKの判断こそ、最も厳しく問われるべき理由

今回の件で、最も重い責任を負うべきは誰なのか。
それは、若い外国人アーティスト個人ではなく、公共放送であるNHKである。

NHKは、日本で唯一の受信料制公共放送として、
戦争や原爆の記憶を長年にわたり伝えてきた組織だ。

そのNHKが、

  • 問題を把握している
  • しかし出演判断は変えない

という姿勢を示し続けたことは、
一見中立的でありながら、実際には最も無責任な対応だった。

出演を認めるのであれば、

  • なぜ問題としないのか
  • 投稿の何が問題で、何が問題でないのか
  • 被爆者や視聴者の感情をどう受け止めるのか

これらを、自らの言葉で説明する義務があったはずだ。

しかしNHKは明言を避け、最終的に「体調不良による欠場」という結果だけが残った。
それは判断ではなく、責任を語らずにやり過ごしただけに見える。


公共放送としての矜持はどこにあったのか

NHKはこれまで、原爆ドキュメンタリーや被爆証言を通じて、
「記憶の継承」を公共的使命として掲げてきた。

にもかかわらず、その象徴が軽い文脈で扱われた問題に対し、
明確な態度表明を避けたことは、
自らの番組制作の積み重ねを否定する行為に等しい。

グローバル化や多様性を理由に歴史的配慮を曖昧にするなら、
それは公共放送ではなく、単なる巨大エンターテインメント局である。


結語:沈黙は中立ではない

この騒動は、SNS時代における「過去の発言」と、
公共性を持つメディアの責任を浮き彫りにした。

個人の軽率さは批判され得る。
しかし、それ以上に厳しく問われるべきなのは、
説明責任を持ちながら沈黙を選んだ組織の姿勢だ。

沈黙は中立ではない。
特に公共放送にとって、沈黙は一つの選択であり、
今回NHKが選んだその選択は、強く批判されて然るべきものである。

追記:矢沢永吉の紅白出演と被爆の歴史的文脈

尚、今回の紅白歌合戦には、日本を代表するロック歌手 矢沢永吉 の出演も決定している。

一般的には知らない人が多いのも当然だが、1949年に 広島で生まれた永ちゃんは実父を原爆の後遺症で亡くした「被爆二世」であるいう事はファンであれば皆が知っている話だ。

この事実は、同じステージで「きのこ雲」騒動が取り沙汰された当事者と、「被爆者の子」である一人の出演者が交錯するという現実を象徴的に示している。被爆とその影響を受けた第二世代・その記憶は今の日本社会に深く刻まれており、視聴者の歴史感情と齟齬を生じさせるような行為に対しては、極めて慎重な配慮が必要だ。

原爆被害は単なる過去の出来事ではなく、世代を超えて今も痛みと影響を残している。NHK はそれを理解した上で、出演者起用や演出の倫理性を構築すべきだった。今回の一連の対応は、公共放送が歴史と視聴者の感情に寄り添う姿勢を欠いていたことを改めて証明してしまったのではないだろうか。

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