ネット小説☆女達のトラベリン・バス☆228

麻理子が控え室から澄子達の居る2階席へと合流するのと、ほぼ同時に会場内の照明が落とされる。

途端に永ちゃんコールが止み、一瞬の静寂の後に割れんばかりの拍手と歓声が響き渡ると会場全体を震わせる様なCの重低音がフェイド・インしてきた。

やがてステージ上のライトがゆっくりと灯され上手側から本日主役であるYASHIMAのメンバーのシルエットが一人また一人と姿を現す。

更に拍手と歓声が大きくなり、それに並行してトランペットのロングトーンがクレッシェンドで流れ、何処か幻想的なSEに場内が響めく中

「まぁ!シュトラウスね!」と澄子。


映画『2001年宇宙の旅』でも有名な、この交響詩がYAZAWAな雰囲気とは一味違う空間を醸し出す中バンドのメンバーが所定の位置に着く。

やがて2分弱の短い導入部がクライマックスを迎えるとハイCのエンディングと同時に耳を劈く様な生のサウンドが炸裂。

同時にステージ上のライトが眩い程の光を放ち、その爆風と閃光は1階席の観客の殆どを総立ちにさせた。

そして


「One!Two!Three!Four!!」

清純のカウントと共にファンファーレの様なシンセ・サウンドと歪んだ重低音が響き渡ると観客席から再び大きな響めきが起こった。

手を叩いて大喜びする者、奇声や雄叫びを上げる者、タオルを舞上げる者に振り回す者。

このイントロダクションで、この場に居るYAZAWAファンのヴォルテージは一気にレッド・ゾーンへと振り切れてしまった。

ミディアム・テンポのエイト・ビートとオーディエンスによる永ちゃんコールが見事に調和する中、17小節目に入るとヴォーカルの裕司が、ゆっくりと姿を現した。

「裕司くーん!」
「裕司ぃ!!」
「カマせよ今日はぁーっ!!」

馴染みの者達から声が掛けられる。

光沢の入った黒いタイトなシングルのスーツにサングラスをかけた裕司がステージ中央で一礼をする。

緊張している様には全く思えない。むしろ余裕の笑さえ浮かべている様に見える。

一度サングラスを外す様な仕草を見せるも改めてかけ直し、白いマイク・スタンドを「ドンッ!」とアタック音が響く程に勢い良くひったくっては口元に近付けた。

「流し目で~誘うなら~他の奴~♪」

この日、YASHIMAが一発目に選んだ曲は♪苦い雨。

YAZAWAファンの間でも、かなり人気の高い曲である。

囁く様に、それでいてよく通る裕司の歌声は、たったのワン・フレーズだけで多くの聴衆を魅了した。

眞由美や拳斗達は既に経験済みであったが、それでも改めて裕司の歌唱力に感心し里香の彼氏の工藤明夫や剛健、莉奈、栄太郎等、初めて裕司の生歌を聴く者達はその瞬間、リズムに乗る事を忘れてしまった。

完全に聴き入ってしまっているオーディエンス。

躍動と静寂という相反するコントラストを彩る空間に美由紀や豊達は高校時代の、例の文化祭でのYASHIMAの初陣を思い出していた。

あの日、圧倒的なサウンドで来場客の度肝を抜いたYASHIMA。

自然とあの日あの時を思い出しつつ現在のYASHIMAのパフォーマンスに引き込まれる豊達。

だが当時とは全く違う所が一つだけ有った。

「なぁ、汐崎先輩ってあんなカッコよかったっけ?」
「俺もそう思った!」
「私も!」
「何か昔と全然違うよなぁ!」

小声で口々に率直な感想を漏らす軽音部の後輩達。

高校の頃、裕司はステージ上でも只歌うだけで、いわゆるステージ・アクションと言った類の物を全くやろうとはしなかった。

その高校時代

「先輩、振り付けとか加えればもっとカッコよくなると思いますよ!」
「いいよ!そんなの」
「裕司はそういうの苦手だもんな」

故に、あの頃は音的な存在感は圧倒的に裕司の歌声だったにも関わらずライヴではアクションが得意な敏広や賢治の方が目立っていた。

所が今日の裕司はあの頃に限らず現在の裕司を知る者達から見ても全くの別人の様であった。

「求めても~It’s so dark~♪」

貫禄とでも言おうか、或いは華とでも言おうか、丸で本物のロック・スターの様な、その一挙手一投足は蠱惑的な程に多くの来場客の視線を釘付けにした。

そして次の瞬間

「あぁっ!!」

2階席の麻理子と真純はステージを観ながら思わず大声を上げてしまった。
2コーラス目を歌い終えた所で裕司が禁止されているマイクターンをしてしまったのだ。
腰で払われたマイクスタンドが大きく孤を描いて落ちてゆく。

このままではステージ床に傷が付く事は必至。

会場関係者も凍り付く中

何と裕司はマイクスタンドをもう一度廻し次に落ちてきた瞬間、今度はスタンドを蹴り上げた。

逆回転で孤を描くスタンドは、かつてのコカ・コーラのCMの様に裕司の背中で受け止められると勢いを失い、もう一度反転すると、そのまま裕司の胸に抱き抱えられる様に収まった。

この大胆なパフォーマンスに会場は大きく湧く。

「やるじゃねぇかっ!!」

剛健を始め多くのYAZAWAファンが絶賛する。

そして、この日の裕司の佇まい、立ち振る舞いに最も驚いていたのは他ならぬバンドのメンバー達であった。

《どうしたんだ裕司の奴?》

幼馴染の敏広も裕司がここまで思い切った行動に出る事に驚き

《今日はまるで別人みたい!》

加奈子もメラメラと静かに燃える様なオーラを全身から放っている裕司の雰囲気をステージ上で敏感に感じていた。

《ヤバイな!俺達も気合入れ直さないとオーディエンスじゃなく裕司に飲まれちまうぜっ!》

賢治は渾身の力で弦をベンドすると同時にピッキング・ハーモニクスを決め、この曲の最高の聴かせ所でもあるギター・ソロをマイケル・ランドゥの様にバリバリに弾きまくり更にオーディエンスを沸かせる事に成功した。

そしてまた

《いつ以来だ?こんなにも純粋にライヴを楽しむ事が出来るステージは!》

プロの清純さえも幼い頃、初めて人前で演奏した頃の様な懐かしい感覚に不思議と胸を躍らせていた。

つづく

コメント

  1. 大阪の永ちゃん狂い♪ より:

    祝 女達待ってました~
    オ-プニングの「苦い涙」去年のライブが蘇るなぁ~
    YASHIMAのライブが見てみたい~
    今年もほんまに楽しみにしとります

  2. AKIRA より:

    大阪の永ちゃん狂い♪さん♪^^毎度です
    城ホール二日目のOPシビレましたよねぇ
    因みに一発目の♪苦い雨は始めから決めてた事でして昨年のツアー開始より前には書き上げておりました
    YASHIMAのライヴ、実写映画化かドラマ化して貰えれば多くの方に楽しんで頂けるんですが誰かやってくれないかな(爆)
    こちらこそ今年もヨロシクお願いします

  3. ハルモニア より:

    >完全に聴き入ってしまっているオーディエンス。
    それまでの描写を読ませて頂き、この言葉にひたすら納得してしまいます(笑) 実際自分がその現場にいても(居るような気持ちでいます)同じですね。
    歌唱力もさることながら、ステージ・アクションって一長一短に身に付かず、それは永ちゃんの76年日比谷と77年武道館の差が大きく物語っていると思います。
    今年もたくさんのコンサートに行く予定ですが、上記のような感動をできる限り多く体験したいです。

  4. AKIRA より:

    ハルモニアさん♪^^毎度です
    いつもホントにありがとうございます
    出来る限り臨場感の有る、本当にその情景が見え音が聴こえてきそうな文面を心掛けておりますが何せ文才が無いもんで(笑)伝わりにくいかもしれませんが、これに懲りずにヨロシクお願いします

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