ネット小説☆女達のトラベリン・バス☆244

「いやぁ~矢沢ってぇのはホントに凄いぞっ!」

ある日、帰宅した雄一郎が開口一番そう切りだした。

それは裕司に誘われて赴いた1999年9月15日、いわゆる『あり爆』の夜の事。

呆気にとられる澄子をお構いなしに興奮した様子でその日の感想を熱弁する雄一郎。

夫が何か一つの事に夢中になるのを初めて見たと同時に子供の様に嬉しそうに語る雄一郎を澄子は何だか微笑ましく思った。

後日、雄一郎は矢沢永吉のCDや書籍、グッズ類を大人買い。

長い夫婦生活で雄一郎がお金を注ぎ込んだのは後にも先にも、このYAZAWA関連の物だけであった。

当初は殺風景だった、この雄一郎の書斎が瞬く間にYAZAWA部屋へと変わり、澄子が食事の用意をしてる時等は書斎に引き籠ってCDを片っ端から聴き込んでいた。

「今度お前も一緒にコンサートに行こう!楽しいし裕司の仲間も面白い奴等ばっかりだ!」
「折角ですが私は遠慮しておきますわ。賑やか過ぎる所はどうも苦手で……」

賑やかな所が苦手なのは事実であったが同時に自分の様な者が出向いて主人や裕司達に気を使わせる事になるのが容易に想像出来たので気が引けたのだ。

それから熱心な誘いに折れて一度、夫と共に武道館に行く機会に恵まれたが当日になって自らキャンセル。

まさか、それが後に今迄の人生の中で一番の後悔に成るとは。

やがて雄一郎が永眠。

寂しい上に予期せぬトラブルに巻き込まれ心身共に疲れ果ててしまいそうな、そんな時に裕司や真純等、夫の仲間達が自分を支えてくれた。

もしかしたら天国の雄一郎が彼等を通じて自分を守ってくれていたのかも、なんて思いまで浮かぶ。

いずれにせよ夫のYAZAWA仲間の存在が今の澄子にとっても大切で有難い存在である事を改めて実感する。

その時、書斎のドアから何やら物音が聞こえてきた。

カリカリと何かを引っ掻く様な音が。

澄子は表情を緩ませ立ち上がりドアを手前に引く。

「ミャア!」
「あらあらミィちゃん、どうしたの?」

書斎に入ってくるミィ。あっちへウロウロこっちへウロウロと書斎内の探検を始める。

ドアを閉め椅子へと深く座り込む澄子。

空になったカップの中に少し温くなったコーヒーを注ぎ一口飲む。

瞳を閉じて暫しYAZAWAの唄に聴き入る。

暫くするとミィが澄子の足元に来ては立ち上がる様に前足を澄子の太腿辺りに乗せてきた。

目を開け、そのままミィを抱き上げ膝の上に乗せる。

ここで、いつもなら、その場で丸くなるのだが、この時ミィは何故かジィっと澄子の顔を食入る様に見上げていた。

「どうしたのミィちゃん?私の顔に何か付いてる?」

尚も見詰め続けるミィ。まるで自身の目に焼き付けるかの様に真っ直ぐな視線を離さない。

「ニャァ………」

何だか悲しげな鳴き声を漏らす。澄子が優しく微笑みながらミィの頭を優しく撫でる。

あれは、この家に越してきて1か月後位の日であったろうか?


澄子が庭で洗濯物を干していると何かがヒョコっと顔を出した。

「まぁ!」

その声に一瞬ビクッとする白い子猫。

「何処から来たの?アナタは」

しゃがんで右手を差し出す。子猫はゆっくり近づいて澄子の指先をクンクンとする。

野良猫には見えない程に綺麗な白色だが首輪はされていない。

「あら?」

どうやら後ろ足を怪我している様だ。

その時

「どうした!?」と雄一郎が窓辺に駆け寄る。

前日に突然、養子縁組を迫ってきた不審者が来訪してきた事も有ってか警戒感が強い。

「いえ、この子が」
「この子?」

視線を澄子の足元へ向ける。

「おやおや!」

思わず雄一郎の表情からも笑みが漏れる。

すると雄一郎は一度、家の中へと戻りキッチンから牛乳パックと小さな皿を持ってきた。

皿にミルクを注いで澄子に手渡し、それを子猫の前に置く澄子。

ペロペロと夢中で舐めて直ぐに無くなってしまった中身に澄子が受け取ったパックでミルクを補充してくれる。

そのまま神崎家に居着いてしまい、気が付けば雄一郎、澄子夫妻にとってミィは大事な家族の一員となった。



「ミィちゃん、家に来てくれて本当にありがとうね」

何度も何度もミィの頭と体を優しく撫で続ける。やがてミィはいつもの様に澄子の膝の上で丸くなりゴロゴロと喉を鳴らしはじめる。

ミィの体温と鼓動を感じながら暫し微睡む澄子。

やがてスピーカーから今夜、何度目かの♪長い旅のイントロが聞こえてくると澄子は部屋に誰かが居る様な気配を感じた。

だが、それは不審な物では無く、むしろ、この空間には有って当たり前と思える程に自然な物であった。

「死神さん?」

澄子が思わず声をかける。

「死神とは、あんまりじゃないか」

懐かしいその声に澄子は表情を綻ばせた。

つづく

コメント

  1. ぺこちゃん より:

    なんだか
    ミィちゃん(=^ェ^=)の様子に
    悲しい結末に成りそうで 胸が締め付けられます涙
    今回だけは
    どの気持ち玉も押すこと出来ませんでしたm(__)m
    最後まで、
    楽しみにしっかり読ませて頂きますね。

  2. AKIRA より:

    ぺこちゃんさん♪^^毎度です
    この場では何とも申し上げられませんが最後まで読んで頂ければ、こちらが伝えたい事も理解して頂けると思うので今後もヨロシクお願いします

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