ネット小説☆女達のトラベリン・バス☆209

「まさか!いくら何でもそれはデマでしょう」と敏広。
「俺も始めはそう思ったさ。だけど方々からそんな噂が入ってくるもんだから、どうにも気になってな」
「方々と言っても、その噂のネタ元が一緒だったら同じ事でしょう?」と裕司。
「俺がその辺を全く確認しないとでも思ってるのか?」

確かにミスター・ギブソンはウラを確認出来ない様な信憑性に欠ける噂を人に話したりはしなかった。

「実は昼間もDM行ってきたんだけどさ」

コロナを半分以上、一気に飲んで続ける。

「スタッフに片っ端からその辺ぶつけてみたんだけど、みんな何も言わないんだよ」
「そりゃそうでしょうよ」
「仮に噂が本当だったとしてもスタッフには守秘義務があるだろうし」
「だから探ってみたんだよ」

残りを一気に飲み干す。

「あくまで勘だけど、どうにもこの噂は本当っぽいんだよなぁ。あぁ愛美ちゃん、ハーパー、ロックで」
「りょーかーい」

「でもスタッフって言ったってDMのそれは基本接客でしょ?そんな立場の人がツアー云々なんて判るのかしら?」
「下っ端には知らされてなくてもチーフ・クラスなら知ってても可笑しくないからね」
「そのチーフ・クラスが何か言ってた訳?」
「否」

グラスを持ち上げ中の氷を弄ぶ様にゆっくり廻す。

「みんな知らぬ存ぜぬの一点張りだったさ。だけど上から下まで、ああも判を押した様なリアクションされると却って不自然に見えてね。とにかく…」

ハーパーを一気に喉の奥へと流し込む。

「来年は永ちゃんも還暦。間違い無くデカいイベントを企画してるだろうから、その前に1年丸々休むって事も充分考えられる。だけど、そうなった場合3年前以上にブーイングが起こる事も間違い無いだろうな」

この年(2008年)から3年前の05年。会場がライブハウスのみで大きなホールでコンサートが行われない事でヤザワクラブにはファンから多くの苦情がよせられ急遽、追加で武道館公演が企画されるも、その時期には既に他のイベントで会場が抑えられてた為に実現不可能となった事が実際に有った。

「何にしてもこれじゃ年越せないってファン続出だろう。今年も始まったばかりだってぇのにマジ憂鬱だぜ。それじゃそうゆう事で」

立ち上がり出口に向かう。

「ギブさん!」愛美が叫ぶ。
「何だよ?俺が帰るのがそんなに寂しいのか?」

手を差し出す愛美。

「お勘定」
「……やっぱ気付いた?」
「当たり前でしょっ!」
「へいへーい」

財布を取り出す。

「そういえば……」

支払いをしながら何かを思い出す様にギブソンがまた話し始める。

「また去年も飲酒チェックに引っ掛かった馬鹿が居た様だけど」
「毎年恒例になってきてるわね」
「眞由美姐さん大丈夫だった?」
「失礼ねっ!」
「冗談じょーだん!でもさぁ…」

財布をポケットに仕舞う。

「ああゆう奴等、本当に許せねぇよなぁ!」

柄にも無くご立腹な様子のギブ。

「学習能力の無い輩は何処にでも居るもんさ」
「それもそうですけど俺が許せないのは、そうゆう事でチケットを無駄にするなって言いたいんですよ!日本全国には永ちゃんのコンサートに行きたくても行けないファンが沢山居るんだ!」

この時、廻りは気付かなかったがギブソンの言葉は澄子の心にグサリと突き刺さった。

「そうゆうファンに比べたらアチコチ行ける俺は物凄く恵まれてるんだっていつも思ってる。だからこそ、その日その一瞬を絶対に無駄にしたくない!てめぇの馬鹿でチケット無駄にする様な奴にYAZAWAを体験する資格は無い!!それじゃ!」

店から出て行くギブソン。

「どうしちゃったのかしらね?アイツ」
「珍しく語ってたわねぇ」
「ツアーやらないって噂がよっぽどショックだったのかな?」
「だけど、その噂がホントなら、こっちもショックだよ!」
「でも変な噂は毎年出てくるじゃない」
「それでもギブさん経由の情報はいつも当たるからなぁ」

『噂』に関して心中穏やかでは無い眞由美達。そんな中、澄子の耳には先程のミスター・ギブソンの言葉が延々と響いていた。


つづく

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