ジョギングシューズからロッカーに仕舞っておいたパンプスに履き変えパソコンの電源をONにする遥子。
すると後輩の一人が
「槙村さん、瀧本常務から内線2番にお電話です」
「常務から?」
役員が既に出社してる事に驚きながらも受話器を取る。
「槙村です」
「槙村君、済まないんだが、手が空いたらこちらに来てくれないかね」
「今からでも宜しいですか?」
「早いに越した事は無い。待ってるよ」
役員室に向かう遥子。
「お早うございます」
「おぉ!よく来てくれた。まあ掛けてくれ」
「失礼します」
ソファに促され腰掛ける。
「済まないねぇ。こんな朝一番に」
「いいえ。とんでもありません」
そこに
「失礼します」
秘書課の一人がお茶を持ってきた。客では無いのに茶で持て成されるのは珍しい。
その女性社員が退室すると
「沢崎君の事は聞いてるかね?」と瀧本。
「は?」
「やはりまだ伝わって無かったか……」
「あの…沢崎さんが何か?」
「実は沢崎君の頭に腫瘍が見付かってねぇ」
「!!」
余りにも唐突な瀧本の言葉に絶句する遥子。
「前年度の健康診断では異常無しとの事だったんだが先日、自身で病院に行ったら脳に腫瘍が見付かったそうだ。その診断結果が出たのが一昨日の事らしくてね」
言葉が出ない。
「残念だが彼女には今回のプロジェクトから外れて貰う事になった。治療に専念して貰う為にね。そこでだ。単刀直入に言うが槙村君、君に沢崎君の代役を請け負って欲しいのだ」
「!」
「驚くのも無理は無い。急な話だからね。だが我々としても今このプロジェクトから手を引く事が出来ないのは沢崎君の右腕として働いてきた君ならよく解る筈だ」
瀧本の言ってる事は理解出来る。だが返答もリアクションを示す事も出来ぬ程に混乱している。
そんな遥子を余所に瀧本は続ける。
「勿論、強制は出来ない。君にも何かと都合が有るだろう。しかし社長、他の役員とも緊急で話し合ったのだが君が適任だという結論に達した。そして何より沢崎君が君を推薦しているのだ。我が社としてはこの大役を君に委ねたいと思う。良い返事を待ってるよ」
自分のデスクに戻るまで遥子の頭の中では様々な想いが交錯していた。
やはりショックなのは沢崎典子の件である。
今回のプロジェクトに並々ならぬやる気と自信を見せていた典子がこんな形でリタイアするとは。
典子の心中を察すると遥子自身悔しくてたまらなくなる。
だがそんな感傷に浸っている暇は無かった。
「槇村君、例の件なんだが」
課長に呼ばれ我に帰る遥子。
「やはり直接説明して欲しいんだと。しかも君をご指名だ」
苦笑する遥子。
「分かりました。日本橋ですよね?」
「悪いね。今日は往復タクシーを使っていいよ」
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