ネット小説☆女達のトラベリン・バス☆104

既に愛美と思われる女性の姿は無くステージでは見知らぬ男がドラムでミディアムテンポの8ビートをパワフルに叩いていた。
8小節目辺りで下手側から3人の影が視界に入る。
敏広と賢治、加奈子であった。
敏広が上手側、賢治が下手側、加奈子が賢治の後方のドラムの横にと、それぞれの配置に着く。
そしてギターとキーボードが同時にバッキングを弾き出した。

《あっ!この曲》

それは麻理子が高校時代に好んで聴いていた曲であった。
バッキング開始から4小節目でベースのグリッサンドが入りルート音が刻まれる。
更にイントロが繰り返されると最後の一人がステージ中央に現れた。
裕司であった。
裕司はサングラスを掛けたまま客席の麻理子に向って一礼をした。
麻理子はちょっと慌てて座ったまま姿勢を正し礼を返す。
スタンドからマイクを外し口元に近づける裕司。

「She waits for me at night ~♪」

歌声が麻理子の身体を突き抜けた。
ソウルフルで搾り出す様に歌う裕司のヴォーカルはメゾフォルテでもパワフルで何処か甘く切ない。
ビリー・ジョエルの『♪All About Soul/君が教えてくれるすべてのこと』

遥子のアドバイスで選んだこの曲は丁度、今の麻理子と裕司の事を物語ってる様でもあった。

聴き入りながら自然と身体がリズムに乗る麻理子。

《本当に上手………》

バックの演奏は勿論、裕司の実力も麻理子の予想を遥かに上回っていた。
だが何よりその唄に秘められた想いがメロディに乗って麻理子の心に訴えている様にも思えた。

やがて1曲目が終わりを迎えると流れる様にピアノの独奏が始まる。

《あっ!》
「If you search for tenderness~♪」
加奈子のピアノに合わせて優しく囁く様に歌う裕司。
ピアニッシモなのによく通る歌声。
やがてクレッシェンドでフォルテに歌い上げるそのシャウトは実にドラマティックであった。
麻理子と裕司が子供の頃に初めて好きになった曲♪オネスティ。

1コーラスはピアノのみ。2コーラス目からバンドが加わるアレンジで心地良いアンサンブルを展開しだす。
YASHIMAのパフォーマンスを観ながら麻理子の脳裏には様々なシーンが浮かんできた。
最愛の叔母、楓との思い出。
遥子と行った初めての武道館。
そして遥子を通じて出逢った仲間達。

自然と麻理子の瞳からは涙が零れ落ちてきた。
観客は麻理子ただひとり。
今、この空間全てが自分の為に用意されてる事に麻理子は今迄味わった事の無い幸福を感じていた。

つづく

コメント

  1. Baybreeze より:

    Billy Joelだったんですね
    “Honesty”聴きながら涙している麻理子さんに思いを馳せつつ、
    私もBilly Joel久しぶりに聴きました^^

  2. AKIRA より:

    Baybreezeさん♪^^ありがとうございます
    自分もこれを書いてる最中は繰り返し聴いてました(笑)
    当然ビリーだけでは終わらないので
    今後もヨロシクお願いします

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