タクシー使用の許可が出たものの経費削減と渋滞を考え遥子は銀座線に乗る為に新橋駅まで向かった。
沢崎典子の件は本当にショックであったが、これから向かう日本橋営業所でのプレゼンに頭を切り替えると途端に空腹感が思い出されてしまった。
腹が減っては戦が出来ぬ。幸い新橋駅周辺は飲食店には事欠かない。
遥子は女一人ででも立ち食い蕎麦や牛丼チェーン店に平気で入れる性格なので腹拵えをしてから向かおうと思ったそんな時
「あぁっ!やっぱり!」
若い女の大声が聞こえた。自分とは無関係だと思っていたが
「遥子お姉様ぁ!!」
自分の名を呼ばれた物だから反射的に声の方へと目を向けてしまう。
「!ゲェェェエッ!!」
女の顔を見て、とても上品とは言えない叫び声をあげる遥子。
そこに居たのは五十嵐恵。高校時代の2年後輩であった。
凄いお金持ちのお嬢様で学力は学年トップ。見た目も可愛いのだがガチのレズっ娘で入学早々、遥子に一目惚れ。ストーカー行為を繰り返したり自身のフル・ヌード写真を同封したラブレターを送ってきたり親友の麻理子宛にカミソリ等を送り付ける等アブない女でもあった。
「お久しぶりですぅ!!」
「あ、あんた海外に行ったんじゃなかったけ?」
1学期終了直前に恵は家族と揃って海外移住した筈であった。
「はい!だけど昨日カナダから帰ってきましたぁ!!」
「そ、そうなんだ…」
思わず「帰ってこなければいいのに…」と口に出そうになったが何とか飲み込む。
「はい!わぁ!帰国早々銀座にお買い物に来て遥子お姉様に逢えるなんて夢みたぁい!」
「………銀座はあっちよ。ここは新橋」
「あれれぇっ?そうなんですかぁ?久しぶりの日本だから間違えちゃったぁ!えへっ!恵のおばかおばか!ぷぅっ!!」
《……………相変わらずね。この娘》
とても二十歳を過ぎた女とは思えない恵の振る舞いにドン引きの遥子。
「あっ!でもこれって運命なのかも!やっぱり私達、赤い糸で結ばれてるんですねっ!」
「わ、わ、私、急いでるから、じゃあねっ!」
「あん、お姉様ぁ!!」
「タクシーッ!!」
逃げる様にタクシーに乗り込む。
「はぁぁっ!何なのよ今日は!?」
既に普段1日分の疲労を感じてる遥子。
だが恵との再会は今の遥子の空腹感と典子に関する懸念を忘れさせた。
幸い渋滞に巻き込まれる事も無く10分程度で日本橋に到着。
プレゼンを手早く済ませると完全に空腹で力が出なくなったので会社に戻る前にランチを取る事に決めた。
実は日本橋は遥子が以前、務めていた場所。訳有ってこの界隈に来るのを避けていたのだが折角来たので当時お気に入りだった店の事を思い出し久しぶりに行ってみる事にした。
だが目的の店は既に無く現在そこは立ち飲み屋に変わってしまっていた。
ガッカリして益々空腹感が増す遥子。だがすぐ近くに以前は無かった和食のお店の看板を見付け何も考えず店に入る。
「いらっしゃいませ!」
「一人なんですけど」
中に入るとカウンターは既に埋まっておりテーブル席に案内される。
「お客様、申し訳ございません。只今ランチタイムでして場合に寄っては……」
「相席なら構いませんよ」と笑顔で伝える。
「ありがとうございます!」
注文を済ませ携帯を開きメールチェックを始める。
数分後、再び先程の店員が一人の男性客を連れて訪れた。
「お客様、早速なんですが……」
「どうぞ」手で向かいの席を示す。
「ありがとうございます!」
「済みません失礼します」と、その男性客。
「いえ」
軽く会釈をしてメールチェックを再開する遥子。
ただこの時、向かいに座った男の視線を感じた。しかもずっとこちらを見ている様なのだ。
気にはなったが遥子は携帯画面から目を離さないでいた。
だが
「遥子!」
呼ばれてまた反射的に男の方を見る。
「!」
遥子の表情が曇った。
そこに居たのは宮間達郎。以前の勤め先の上司であった。
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