ネット小説☆女達のトラベリン・バス☆162

翌日になると不思議な位に吹っ切れていた。

達郎との関係を終わりにする事に決めた遥子。
あれ程、悩み、嫉妬し、愛していたにも関わらず遥子の中では完全にリセットする事が出来た。

特に別れを告げるという事もせず上司と部下とゆう本来の関係に戻った二人。


だがそう思っていたのは遥子だけであった。

ある日、業務が終わり遥子が帰ろうとすると

「槙村君、ちょっと会議室に来てくれないか」と達郎。
「あぁ、はい」

言われるまま会議室に向かい扉を閉める。

「何でしょう?」
「そんな他人行儀にしなくてもいいじゃないか」
「は?」
「済まなかったね。今日まで寂しい想いをさせてしまって」
「えっ?」
「だがもう大丈夫!女房は実家に戻ったから」
「あの…………それが何か?」
「ツワリが酷くてね。僕もずっと女房の世話をする事が出来ないから悩んでいたら女房自ら実家に帰ってくれたのさ」
「はぁ」
「向こうの両親も喜んでたよ。娘が家に戻ってきて、しかも初孫だからね。全く始めからこうしとけば良かったよ」と笑う。

この男は何を言ってるのだろう?遥子は率直に、そう思うと同時に不快感の様な物が込み上げてきた。

「これで僕も開放された!これからは以前よりも多く遥子の部屋に行けるよ。何なら罪滅ぼしもかねて暫く一緒に暮らそうか」

そう言いながら遥子に近付いて抱きしめようとする。だが

「…馬鹿にしないでください」

一歩下がり達郎の抱擁をかわす。

「?、何だって?」
「馬鹿にしないで下さい!」
「!、どうしたんだ遥子?」

遥子は思った。これが父親になろうとしている男の言葉だろうかと。

不快感所か遥子は怒りを露骨に露わにした表情で達郎を見据える。

「ほったらかしにしてた事を怒っているのか?だがもう寂しい想いをさせないと言ってるんじゃないか。これからは子供が生まれる迄は毎日でも一緒にいられるんだ。嬉しくないのかい?」
「そのお言葉、奥様に是非お聞かせしたいと今程、思った事はありません」

自分にそんな事を言う資格が無い事は重々承知していた。だが、この時ばかりは遥子は達郎の妻とお腹の子供に同情した。

「遥子。素直になったらどうだ?もう…」
「私は貴方の都合の良い女になるつもりはありません」

踵を返し出口へと向かう。

「遥子、待たないか!気に障ったとゆうなら謝る!だが君に対する想いは本気なんだ!だから…」

その言葉を聞いて一度、足を止め振り返る遥子。

「それなら奥様と生まれてくる子供を捨てて私と結婚して下さいますか?」
「そ……」
「さよなら」

聞く迄も無かった。

会議室から退出する遥子。すると数人の女性社員がパーテーション越しに聞き耳を立てていた。

互いの目が合い、気不味い雰囲気になる。だが遥子は我関せずといった態度で会社を後にした。

女房に子供が出来たから終わりにしたいと、前の話は無かった事にしてくれと言われた方が、むしろ要無しだと捨てられた方がまだ良かった。
無論、先程の逆プロポーズも本心では無い。何より一時でもあんな男との結婚を夢見た自分を腹立たしく思った。

どれ位、歩いただろうか。気が付けば大手町を通り越し内堀通りにまで来てしまっていた遥子。
大手門の交差点で佇む。涙が出てきた。

《私………どうしてこう男を見る目が無いんだろう…》

北風が遥子の身体を冷たく冷やす。零れ落ちる涙だけが、ただただ熱く、そして痛かった。

つづく


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