拳斗と別れた翌日から抜け殻の様になった眞由美は自室に引き篭ったまま食事も取ろうとしなかった。
家族も最初は鬼の撹乱と深く考えていなかったが3日目になると流石に心配になってくる。
だが1週間後
「まだまだやらなきゃいけない事、経験しなきゃならない事が沢山ある」
拳斗の言葉を思い出しそれに感化され、また成りあがる前の永ちゃんがそうであった様に眞由美は一度、身を粉にして働いてみようと思い立った。
4月になると昼はガソリン・スタンド。夜はスナックやキャバレー等のいわゆる水商売の店に勤め出し毎日それこそ馬車馬みたいに働き続けた。
若くて体力がある故に、こんな無茶な生活を送る事も出来たが、やがて身体に限界が表れ3年後に倒れてしまい医者から暫くの自宅療養を言い渡され1ヶ月間、実家でほぼ寝たきりの生活を送る事になる。
その後、家族の薦めで家業の朝倉建設の事務職に就き、この頃、後の旦那になる麻生影虎と知り合う。
影虎は眞由美と同い年で品川区の工業高校卒業後に眞由美の実家に修行に来ていた若い職人の一人であった。
見た目はゴツいが真面目で仕事熱心な所に眞由美も好感を持っていた。
そして風の便りで拳斗が結婚したと聞き、気持ちを切り替えようと努力してた所に影虎から突然のプロポーズ。
勢いに押され、つい「はい」と答えてしまった。
眞由美の両親や兄達も「嫁に貰ってくれるなら誰でもいい」と、この縁談に両手を挙げて賛成し、その後はトントン拍子に話が進み半年後には結婚。
また、この機会に影虎は独立し品川に戻って麻生土建を設立。1年後には愛美も誕生。
だが仕事ばかりで家庭を顧みない影虎と眞由美達の間に次第に溝が出来てしまい眞由美は愛美の幼稚園卒園と同時に愛美を連れて横浜の実家に戻り半年後、正式に離婚が確定。
ただ愛美の戸籍は敢えて麻生姓に留めておいた。
影虎からの養育費は全て愛美の為に使い眞由美は朝夕は一緒に居てあげたいと思い真純の紹介で夜の仕事を始める。
一度だけ酒に呑まれて大暴走してしまった事があったが普段の勤務態度、並びに系列店舗に助っ人で派遣された際に羽振りは良いがセクハラ三昧の迷惑な双子のヤクザの常連客(鴨川ブラザース)を説教、撃退、更に横浜から追い出してくれた事等をオーナーから評価され川崎に支店を出すので店長をやってみないかと言われる。
給料面だけで無くやり甲斐とゆう観点でも魅力的な話だったが愛美の事を考えて一度は断るも「ママ、私は大丈夫だからママのしたい様に生きて!」とゆう愛美の後押しで改めて引き受ける事にした。
幸い実家では両親に兄夫婦とその子供達が愛美と仲良くしてくれていたので娘に淋しい思いをさせずに済んだ。
だが川崎の新店舗オープン直前にオーナーが急死。遺族は全ての店を処分する事を決め、それを機に眞由美は10代の頃から稼いで貯めておいた資金を元手に川崎の店の権利を買い取る事を決める。
遺族側も理解ある人柄で格安で眞由美に譲渡してくれ真純も色々とバックアップしてくれた。
当初はスナック予定だった内装はそのままに、カラオケ機材は撤去して家にあった幾つかのYAZAWAグッズで自分のやりたい様にプロデュース。
ここに眞由美の店Open Your Heartが生まれる。
全ての準備が整いプレオープンの日に眞由美は愛美や実家の家族、真純等、身内を招待して、ささやかなパーティーを開き影虎もこの日、開店祝いに駆け付けてくれた。
そして翌日、本格的なOpen Your Heart開店の日。
今では様々な年代と多様なロゴのビーチ・タオルが飾られているが、この頃、飾られていたタオルは一種類だけであった。
そのたったひとつのタオルを特注のフレームに入れ店の奥の一番高い所にソファに上って飾る。
「これでよしっ!」
手の平をパンパンと叩いていると扉の鐘が鳴り記念すべき第一号のお客さんが入ってきた。
「いらっしゃいま………!」
入店してきた男の顔を見て眞由美は言葉を失った。
「暫くだな」
訪れたのは拳斗であった。
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