翌日、澄子は腕に包帯を巻いたまま普段通り出勤。
帰りには川崎駅で命の恩人である雄一郎を探し見付けると自ら駆け寄り丁重に感謝の気持ちを伝える。
すると雄一郎は照れながらも笑顔を見せてくれた。
だが澄子が何かお礼がしたいと言うと「いや結構」とそっけなく立ち去ってしまう。
更に翌日には贈り物を手渡そうとしたが、やはりこれも受け取ってはくれなかった。
気の済まない澄子。だが雄一郎はこちらの気持ちを簡単には受け入れてくれそうも無い。
澄子は作戦を変え翌週の朝、自分の昼食とは別に、もう一つ弁当を作って、いつもより早く出勤。
1日目は空振りに終わったが翌朝には逢う事が出来、大きな弁当箱を入れた包みを半ば強引に手渡すと雄一郎は戸惑いながらも受け取ってくれた。
そして、その日の夕方、澄子がいつもより遅く勤務を終え川崎駅に着くと雄一郎が今朝手渡した弁当箱を持って待っていた。
「美味しかったよ!こんな美味い物食ったの生まれて初めてだ!!」
屈託のない笑顔を見せる雄一郎。澄子も本気で嬉しくなる。
因みにその弁当箱は綺麗に洗われていた。
「お口に合って嬉しいですわ。明日もまた作ってきます!」
「いや、有り難いが御迷惑だろうに……」
「いえいえ!私がそうしたいんです!それに一つ作るも二つ作るも手間はそんなに変わりませんから。こちらこそ御迷惑で無ければまた食べて下さいね!」
この、お弁当攻勢が功を奏し澄子と雄一郎は朝夕の2回ほぼ毎日、川崎駅で顔を合せ次第に互いの事を話す迄に親睦を深めていった。
しかもこの時、お互いの職場が工場こそ違ったものの最寄駅が同じである事が判り二人は自然と毎通勤、一緒に行き帰りする様になる。
そんな関係が続いた一月後、雄一郎が「今度は自分がご馳走したい」と澄子を食事に誘い、その週の日曜に初めて二人で出掛ける約束をする。
言うなればこれが澄子と雄一郎の初デートであった。
所が雄一郎が澄子を連れて行った場所は馴染みの定食屋。
油まみれの工員達御用達の店で、とてもデートに相応しい場所とは言えなかったが、お嬢様育ちの澄子には却ってこれが新鮮であった。
今の様な豊かな時代と違う事に加え現代的な一般女性特有のマテリアリスティックな感情を持ち合わせていなかった澄子。何より澄子には雄一郎が連れていってくれるならどんな所でも幸せを感じる事が出来た。
やがて澄子が雄一郎のアパートに出向いては手料理を作り一緒に食事をする仲にまでなり更に1年後に結婚。
当初、澄子の母は「いくら命の恩人だからって何処の馬の骨とも判らない工員なんかと何故!?」と強硬に反対していたのだが「私には雄一郎さんしかいません!!」と決意が揺らぐ事は無く普段は全く反抗などした事の無い澄子のその態度に母は大変大きなショックを受けてしまう。
だが「義理の母に孝行してこそ我が母への最大の供養!」という雄一郎の人柄に触れると次第に心を開いてくれ、晩年には「貴方に澄子を貰って頂いて私もあの子も本当に幸せでした」と言ってくれた。
その母が他界すると澄子は実家を売却し雄一郎と共に社宅へと引越し定年までそこで夫婦仲睦まじく暮らす。
ただ、定年直前に雄一郎が突然、矢沢永吉にハマってしまった事実は澄子にとって長い夫婦生活の中で一番驚きの出来事であった。
コメント
良いですね~




澄子さんの手作りお弁当
きっと心のこもった、愛情いっぱいのお弁当だったんでしょうね
ぺこちゃん♪^^
実直で不器用な男を落とすにはお弁当が一番です(笑)