「まぁ!美味しい!!」
「ホント!レストランの味みたい!」
「美味ぇ!こりゃ何杯でもイケますよ!」
「これは本当に美味しいですねぇ!」
「ダーリンのビーフ・シチューは世界一よ!」
「赤ワイン欲しくなるわね」
皆が洋助の作ったビーフ・シチューに舌鼓を打つ中
「洋助さん、御代わり!」
千晶が平らげた皿を差し出す。
「早っ!」その横で唖然とする永悟。
「あっ、私もお願いしまぁす!」
続いて麻理子が子供の様な笑顔を見せる。
「ホイホーイ!」
栓を抜いた赤ワインのボトルをテーブルに置いて二人の皿を受け取る洋助。入れ替わりで愛美がワイン・グラスをテーブル中央に纏めて置く。
「しかしお前にこんな特技が有るとはな!」と拳斗。
「大学時代に覚えたんですワ」
洋助は大学の4年間、カジュアル・フレンチやイタリアン等のレストランでアルバイトをしており、その時に料理を覚えた。
「特技と言えば……」
二杯目の大盛ビーフ・シチューを千晶と麻理子の前に置く洋助。
「裕司、ギターなんか弾けたんやなぁ!」
「そうそう!」
話題が今回のメインであるライヴに移る。
「裕司君にあんな特技があったなんてねぇ!」
「いや、あれはこの日の為に練習しまして……」
「裕クン本当に頑張ってたもんね!」
「この日の為だけに?」
「やるなぁお前!」
「確かに本番であれだけ出来るって事は相当な練習を重ねてたって証明ですね」
仲間だけで無くメンバー達からも賛辞が贈られ、当の裕司は照れて沈黙してしまい隣の麻理子は何だか自分の事の様に嬉しく思った。
「ギターも意外だったが裕司、今日のお前、お世辞抜きで本当にカッコよかったぞ!」
「ねぇ!」
「私も惚れ惚れしちゃったわぁ!」
「悔しいけどホンマに永ちゃんみたいやったワ」
「主人も言ってましたけど、お唄、本当にお上手なのね!」
「我々もロックという物は正直よく解らないのですが今日は本当に感動しました!」
「確かに今日の裕司は何ていうか神懸ってたよなぁ!」
「私もそう思った!コットンもリハの時より遥かに凄かったって絶賛してたよ!」
「あぁ!思わずこっちも見惚れちまいそうだったぜ!」
賞賛が続く中、真純が
「だけどマイクターンやられた時には冷や汗かいたわよぉ!」
「えぇ!?でもカッコよかったじゃない!」
「禁止だって通達しておいたのよ!アンタも心得てるって……」
「いや、あ、あれは違うんです!」慌てふためく裕司。
何でも歌いながら「永ちゃんならここでマイクターンをキメるだろうな」と思ったら身体が勝手に動いてしまい自分でも「な、何で!?」と内心パニックに陥り、後はマイクスタンドをステージに打ち付けない様にと無我夢中でいたら、結果的に、あの様なパフォーマンスになったのだそうな。
「偶然の産物か?」
「そ、そういう事になるんでしょうか……」
「なぁ~んだぁ拍子抜けぇ」
「でもマイクも床も無傷で良かったじゃない」
それからは裕司だけで無く敏広達バンドのメンバーの演奏力やパフォーマンスの素晴らしさも話題に上り誰もが今日のYASHIMAの活躍を異口同音に讃えた。
そんな中
「澄子さんは何が一番良かった?」と千晶。
「そうねぇ……」
ワインを一口飲みグラスを置いて暫し考える。
「何もかもが素晴らしかったけど……どうしても何か一つを選ばなければならないのなら……やっぱり裕司さんがギターを弾いてた曲かしら」
「♪長い旅?」
「そういう曲なの?」
「確かに♪長い旅、最高だったわねぇ!」
「名演だったな!」
「私も本気で涙出てきちゃった!」
他の者達も何か一つ本日のBestを決めるとするならば、やはり皆♪長い旅を選んでしまうのであった。
すると突然
「ねぇ、一つ我儘言っても宜しいかしら」と澄子。
「えっ?」
「今ここでもう一度、歌って下さらない?」
「えぇっ!?」
思い掛け無いリクエストに裕司が驚愕。
「私も聴きたぁい!」と麻理子。
「いいわねっ!ギター有るんでしょ?」
眞由美の問いに賢治が入口付近に置いた自分のギター・ケースの中からオベーションを取り出し手際良くチューニングを合わせる。
「練習の成果を二度も披露する機会に恵まれて良かったな!」
ギターを裕司に手渡す賢治。だが
「…………」
何故か受け取るのを躊躇する裕司。
「どうしたよ?」
押し付けられる様に渡され渋々と受け取る。何だか心此処に有らずといった様子。
皆が期待の篭った眼差しで注目してくる中、左手でポジションを確認する様にコードを押える。
だが一度手を離してオシボリを手に取り両手を大袈裟とも思える程に丁寧に拭きだす。
「勿体付けるなよ!早く歌えっ!」
「もう焦らさないでぇ~ん」
豊と敏広のオネェ言葉に笑いが起こる。
再び皆が無言で裕司に注目。
一度座り直し足を組んでは元に戻しと無駄な動作を繰り返す裕司。
どうにも弾こうとしない。
ホントに焦れてくる仲間達。
コードを押え一度、深呼吸し唇を一舐めすると裕司は意を決したかの様に一気に右手を振り下ろした。
だが
ベロぼろベロ~!
ガタガタガタガタガタッ!!
余りに酷い音に一斉にズッコける仲間達。
「す、す、スミマセン!何か緊張しちゃって!」
「緊張って……」
「アンタ本番よりも遥かに少ない人数相手に緊張してどーすんのよっ!」
「い、いや、そんな事言われても……」
改めて仕切り直す裕司。
だが酷い音は変わらず、しかもコード進行も間違いだらけという聴くに耐えない有様。
ライヴ本番前とその最中は神々しささえ醸し出していた裕司であったが、今は、その貫禄は見る影も無い。
「ライヴでのカッコいい裕司君は何処に行っちゃったのかしら?」
「さてはお前、偽物かっ!?」
「いや、どっちかっつぅとコッチが本物だろ」
「確かにコッチの方が私達の知ってる裕司君らしいわよねぇ」
「偽物の方がカッコいいなんて悲劇だな」
散々な言われ様である。
この後、賢治が代わりにギターを弾いて、それに合わせて歌い何とか面目を保ったが後日、あの日のライヴの裕司は実は影武者で本物は本番中ずっとトイレに隠れてた等と敏広達にネタにされてしまうのであった。
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