澄子が川崎のOpen Your Heartからタクシーで帰宅し玄関を開けるとミィが出迎えてくれた。
「ミャア!」
「ミィちゃん、ただいま!」
ミィを抱き上げリビングのソファに座る。
「今日はアナタのパパのお友達と沢山お話してきたんですよぉ」
膝の上でゴロゴロと喉を鳴らすミィの下顎を撫でながら話しかける。
気怠い疲労感を感じつつも楽しい一時が思い出される。
一月程前、いつものランチ時に真純から今回の新年会に御呼ばれされ余りそうゆう場に慣れていない為に当初は欠席するつもりでいたのだが、それではいつもお世話になってる真純に申し訳無いのと同時に不思議と日を追う事に参加する事に気持ちが前向きになってゆき思い切って足を運んでみた。
行ってみると其処には世代を超えた人達が集まり馴染み有る者は勿論、面識の無い者も自分を歓迎してくれた。
先ずは千晶。
親子以上に歳が離れている少女が自分の様なおばあさんにフレンドリーに接してくれ尚且つ色々と話を聞いてくれたお陰で不慣れな場所でも皆と自然に打ち解ける事が出来た。
そんな千晶に絶妙なツッコミを入れる永悟。
澄子から見てもこの二人はお似合いなカップルに思えた。
また裕司とは馴染み有る間柄だが今日も麻理子と共にいつも通り色々と自分に気を配ってくれ眞由美と真純の二人に加え愛美も自分を丁重に持て成してくれるし拳斗は絵に書いた様に紳士的。
そして多くの男達。
その男集が自分に対してしてくれた《ちょっと変わった歓迎》を思い出すと思わず笑ってしまった。
その時、澄子の膝の上で寝ていたミィがピクッと目を覚ます。
「あら御免なさい!起こしちゃったわね」
するとミィは後ろ足で耳を掻いて澄子の膝から下りると、いつもの定位置である出窓にジャンプして丸くなる。
それから澄子は立ち上がり雄一郎の書斎へと向かった。
ドアを開け灯りを点ける。
其処にはYAZAWAのCDやDVDに書籍やタオル等のグッズ類が綺麗に整理整頓されていた。
以前から澄子は此処へは掃除をする時くらいしか中に入った事は無く雄一郎がこの世を去った後には辛くなってしまうので出来るだけこの場に足を踏み入れる事を避けていた。
自然と本棚に向い目の前の文庫本を手に取る澄子。
それはYAZAWAファンなら目にしない者は居ないであろう『矢沢永吉激論集 成りあがり How to be BIG』であった。
何度も読まれたと思われる皺の入った表紙をめくり先ずカバーに記載されている文章に目を通す。
そして中表紙をめくりページ中央に一行だけ書かれた、家族に向けたと思われるメッセージを読むと澄子は今晩の《ちょっと変わった歓迎》を思い出し、また笑ってしまった。
それは宴も佳境に入ってきた頃
店の奥に居た一人の男が自分の座っている所へと近づいてきた。その男は雄一郎の葬儀に訪れてくれていたのだが流石に澄子もその男の事までは覚えていなかった。
「澄子さん!」
「あぁ、はい?」
男は当然、酒に酔っていた。そして突然跪いて
「俺と結婚して下さい!!」
「えぇっ!?」
唖然とする澄子。すると
「ちょっと待った!!」
「ちょっと待った!!」
別の男達が一人また一人と立ち上がっては最初の男の横に並んで同じ様に跪く。その中には敏広やギブの姿も。
「澄子さん俺と結婚して下さい!!」
「いや俺と結婚して下さい!!」
「いやいや俺と結婚して下さい!!」
「いやいやいや俺と…」
「ふざけんなお前等!澄子さんは俺の物だっ!」
「何言ってんだ!お前はもう結婚してるだろ!」
「お前だって今日は嫁と来てるじゃねぇかっ!」
「いいわよぉ!離婚してあげるから」とその嫁。直後に笑いが起こる。
見知らぬ男達からの突然のプロポーズに面食らう澄子。だが周囲は何故だか異様に盛り上がっている。
真純がこうなる理由を説明してくれてどうにか納得。
そして今この文面を読んで更に理解が深まった。
更にページをめくると澄子はデスクの椅子に座りそのまま読み続けた。
最後の一行を読み終えページを閉じると夜はもう明け始めていた。
不思議と眠気は全く感じない。
澄子は久々に面白い書物を読んだという様な満足感を感じていた。
今迄の人生で様々な本を読んだが、この『成りあがり』には少々粗野だが他の歴史的名著とは違う熱意、憂い、悲しみを読み取れる様な気がした。
本を書棚に仕舞いデスクに置かれている二つの写真立てに目を移す。
一つはこの家に引っ越してきた時に玄関先で撮った夫婦二人だけの写真。
もう一つは、恐らく武道館周辺と思われる場所での集合写真。
「雄一郎さん、貴方や貴方のお友達が矢沢さんに夢中になる気持ちが少し判った様な気がします」
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