ネット小説☆女達のトラベリン・バス☆252

開場予定時間の午後6時近く。

殆ど真っ暗な目白通りを歩いているとE.YAZAWAのロゴが入った大きな袋を持った幾つかのグループとすれ違う。

武道館の物販で買い物を済ませた地方参戦組であろう。

グランド・パレスに限らず九段下周辺のホテルは多くの遠征組が宿泊しているに違いない。

全国のYAZAWAファンにとっても武道館は、やはり特別な場所であり正に聖地なのだ。

程無く九段下の交差点に迄着く麻理子と裕司の二人。

信号待ちをしていると

ブルッ!

それ程、強くは無いが北風に体温を奪われ裕司は寒気を感じた。

麻理子はファーの付いたアイボリーのレザー・ハーフ・コートを着ているが自分はスーツのみなので肌寒い。

暖を取る為にDMで買った今年のツアー・タオルを広げて肩に掛ける。ふと、その時、横に居る麻理子の視線に気付いた。

「ん?どうかした?」

問うてみたが麻理子は笑みを浮かべたまま何も答えない。

だが目は口程に物を言う。

黒いシャドーストライプのスーツに身を包んだ裕司を見詰める麻理子の瞳からは、これでもかという程に強力なラブラブ好き好き光線が放たれていた。

近年の裕司はYAZAWAモードに成ると雰囲気がガラリと変わる様になってしまった。

他の男性YAZAWAファンにも同じ事が言えるのだが、スーツに着替えた裕司はスイッチが入ったかの様に顔付きが凛々しくなり、それは前年のYASHIMAのライヴでの雄姿を思い出させる程に男らしく頼もしさを感じさせた。

「裕クン素敵

裕司の腕に抱き付く。

「えぇ~っ!?」

照れる裕司。

気合いの入った裕司は麻理子から見れば永ちゃんよりもカッコよく、ただ、その気合いが抜けると情けない程に普段通りの、ゆるいキャラに戻ってしまう。

だが、このギャップがまた麻理子のハートを一々キュンキュンとさせるのであった。

腕を組んだまま九段下の交差点を渡り御壕に沿って右に曲がると歩道に居る殆どの者達が裕司の様に様々なデザインのタオルを肩に掛けている。

地下鉄九段下駅の出口から出てくる沢山の人の流れと合流。すると

「おぉっ!」
「お疲れっ!」

賢治と加奈子の二人とバッタリ顔を合わせる。

コンサートで着飾る趣味の無い賢治は普段通り会社帰りの、まんまサラリーマンという格好。
一方の加奈子はピンクのダウン・コートの下に薄いピンクの尾花柄のミニ・チャイナを纏っている。

そのまま一緒に武道館へ。

「チケット余ってない?余りは買うよ」

もはや風物詩とも言えるダフ屋の囀り。

「無い人、有るよ。アリーナ有るよ」
「ウソこけ!有る訳ねぇだろっ!」

賢治の囁きにクスクス笑う麻理子達。

現在、矢沢永吉のコンサートは、いわゆる紙のチケットを殆ど採用していない。

アリーナ、1階スタンドの良い席はファンクラブ、または携帯サイトの抽選による優先席で抑えられており、これらは会員証や携帯電話がチケット替りに成るのでダフ屋は勿論、金券ショップにも転売は不可能である。

また、2階席等、一部の紙チケもオークション並びに転売は禁止されており、不正の発覚した席番は会場入り口に張り出され入場を拒否される程、徹底している。

物販のテントの辺りに迄来ると物凄い人の数が列を成していた。

「グッズ販売の最後尾はこちらでーす!」
「お買い物が済みましたお客様は速やかに後ろの方にお譲りくださーい!」
「奥にも売り場がございまーす!比較的空いておりますので奥の方もどうぞ御利用下さいませーっ!」

いつ見ても大盛況のグッズ売り場。

「やっぱ向うの方がいいな」
「そうね」

賢治、加奈子夫妻は会場限定グッズを買う為に時計台の方に有る第二物販所へと向かう。

麻理子と裕司はレスト・ハウスへ。

中に入ると当然ながら満席状態。至る所で多くの永ちゃんファン達が談笑、記念撮影等に勤しんでいる。

外へ出ようとすると一組の家族連れが中に入ろうとしてきた。すると

「あれれ?ちょっとちょっとお姉さん!」

すれ違い様に、その家族連れのお父さんから肩を叩かれる麻理子。

「わぁ!御久し振りですぅ!!」

何と、そのお父さんは麻理子が初めて矢沢永吉の武道館に参戦した時に隣の席に居たグループの一人であった。

「お姉さんも、すっかりYAZAWAに馴染んじゃったねぇ!」
「はい!御蔭様で!」
「こちらは彼氏?」
「はい!」
「初めまして」
「男前だねぇ!あの時、一緒に居た美人のお友達は?」
「今こちらに向かっている筈です」
「そうか。あぁ、これ俺の家族」
「今晩は」と奥様。
「ほら、ちゃんと挨拶せぃ!」
「はじめまして、成美です」
「こうちゃんです」
「キャーッ!可愛いぃ!!」

ピンクのチャイナ・ドレス姿の少女と白スーツを着た小さな男の子にメロメロになってしまう麻理子。

「今日は長男の永ちゃんデビューなんだよ!今年やっと6歳に成って念願叶ってやっと家族全員で武道館に参戦する事が出来た!」

本当に嬉しそうなお父さん。

かつて少年、少女であった永ちゃんファンも、やがて家庭を持つ様になり、自身が築いた家族と共にYAZAWAの世界を共有したいと願う人達が全国には沢山居る。

これもまた矢沢永吉が走り続けて築き上げた歴史の賜物であろう。

それから麻理子は、この男性とあの時、一緒だったお仲間とも再会しては裕司と一緒に暫しYAZAWA談義で盛り上がった。

つづく

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