「やっぱり混んでるわねぇ」
向かい側の歩道から時計台の方を見て遥子は、ため息をついた。
武道館の時計台は目印になりやすいので、この場を待ち合わせ場所に指定する人は多い。
「ちょっと待ってて」
遥子は大きめのバッグから携帯電話を取り出しメールを打ち始めた。
その間に辺りを見回す麻理子。
正直、自分達以外のすべてが先程のダフ屋と同じに見える。
正確にはダフ屋との区別がつかないと言うべきか。
違いと言えば仮装パーティーの会場にでも来たのかと錯覚する位に派手で奇抜に思えるその格好。
いずれにせよ矢沢永吉のコンサートと聞いていたので、ある程度の予測はしていたが実際にそのファンを目の当たりにすると、やはりその独特の雰囲気には威圧感を感じざる負えなかった。
「そんなに怖がらなくても大丈夫よ」
遥子の言葉で我に帰る。
「これからここに来る友達は『普通』の人達だから」
麻理子の心中を察してか遥子が微笑みながら言う。
「そ、そう」
「だけど矢沢ファンってあんな風にギンギンの人達も話してみたら面白くて、いい人ばっかりなんだよ」
「そうなんだ………」
「まぁ見た目も特徴あるし極端に熱いから誤解されやすいんだけどねぇ。それに本当に柄の悪いのも確かに居るから」
と、その時、遥子の携帯が震えだした。メールではなく通話の着信であった。
「もしもし、今晩は。 うん、 あのね、メールにも書いたけど今時計台の向かいに着いたんだけど……え?、そうなの?……うん……じゃあここで待ってればいい?……わかった。ありがとう。はいはいヨロシクーッ」
電話を切る遥子。
「ここまで来てくれるって」
「そう」
「もう、そこの時計台に来てたみたい」
遥子が時計台の方に顔を向けると、その待ち人がこっちに向かってくる姿が見えた。
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