「で、こちらのお嬢さんは永悟君のカノジョ?」
愛美のこの一言で千晶の表情が少しだけ緩む。
「ち、違います違います!ただの従姉弟です!」
全力で否定する永悟にムッとする千晶。さっきよりも、おブスな顔になる。
「そうなの?でも二人とも、お似合いよ」
その言葉に戸惑いの表情を浮べる永悟と千晶。
愛美は本当は従姉弟同士なのを知っていたのだが千晶の表情を読み取ってワザとカノジョと振ってみたのだ。
だがその一方で千晶の方は愛美に対して敵意の様な空気を醸し出したままであった。
「それで飲み物は何にする?」
「あ、僕はまたコーラで」
「お嬢さんは?」
千晶はムスッとした表情のまま一呼吸置いて、ぶっきら棒に口を開いた。
「ウィスキーコーク!」
千晶のオーダーに目が点になる愛美と永悟。
「こらっ!!」
「痛いっ!!」
里香からゲンコツを貰い頭を両手で抑える千晶。
「何、言ってるの!子供のくせに!!」
「何よ!叔母さんだって昔、隠れて飲んでたんでしょ!パパから聞いたもん!!」
千晶の言葉に絶句する里香。
「そ、それは高校の頃の話じゃない!」
「いや高校でもウィスキーコークはマズいだろ」
常連さんの一人のツッコミに皆が爆笑する。
里香は耳まで真っ赤になって沈黙してしまった。正に穴があったら入りたい心境である。
「まぁでも誰もが通る道よね」
眞由美が里香の肩をポンポンと叩き助け舟を渡す。
「ウィスキーコークはまだ提供出来ないけど」
愛美はシェーカーを振り出した。
そしてカウンターに置かれたカクテルグラスに鮮やかな黄色いカクテルが注がれる。
千晶は愛美の、その華麗な一連の動作に見惚れた。
「プッシーキャットよ。召し上がれ」
細い指で挟んだグラスを千晶の方に押し出す愛美。
「綺麗・・・」とため息交じりの千晶。
「ちょ、愛美さん・・・」
「大丈夫ですよ。ノンアルコールですから」
愛美の言葉に安心する里香。
オレンジ、パイナップル、グレープフルーツジュースとグレナデンシロップをシェイクしたノンアルコールカクテル。
愛美がこのカクテルをチョイスしたのは当然、矢沢永吉の♪セクシー・キャットに絡めての事だ。
因みにプッシーキャットとは『子猫ちゃん』とゆう意味だが、ついでに書くとプッシーとはスラングで『女性器』の事を言う。
千晶は両手でグラスを持ち溢さない様にゆっくり口に運んだ。
「美味しい!!」
「お口に合って良かったわ」
夢中になって一気に飲み干す千晶。
「もう1杯如何?」
「はい!」
さっきまでの刺々しい雰囲気は消え千晶がこの店に来て初めて笑顔を見せる。
思春期の女の子は大人扱いしてあげると案外素直になる事を愛美はよく知っていた。
「永悟君も飲む?」
「あ、じゃあお願いします」
「私もお願いしていいですか?」と里香。
「ノンアルコールなら勤務中の私も問題無いわね」と眞由美。
「愛美ちゃ~ん、こっちもヨロシク~!」
「みんな少しは遠慮してよぉ。若いカップルの為に作ってあげたかったんだから」
穏やかな笑いが起こる。
ぼやきながらも愛美は大人数用の大きいシェーカーを降り始めた。
そしてこの日以来、矢沢ファンで無いにも関わらず千晶も毎週土曜日は塾を休んで、ここに来る様になってしまったのだった。
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