敏広が控え室の扉を開け、全員が中に入ると携帯の着信音が一斉に鳴り響いた。
「おおっとぉ!これはもしかして!?」
各自メール・チェックをする。その内容は全て同一の物であった。
「よっしゃ!プランBに変更だっ!」
「そう来なくっちゃ!!」
ハイ・タッチをしている所にドアがノックされ、隣の控室にて待機していた琴音が顔を出す。
「お疲れ様です!本当に素晴らしい演奏でした!!」
「どうもっ!!」
「それで、この後なんですが……」
琴音の問いに敏広が手に持った携帯を指差し
「こちらの通りです」と笑う。
琴音はにっこり笑って大きく頷くと隣の控え室へと駆け戻る。
「みんな!プランBに変更よっ!」
その言葉に一斉に沸き立つサギ高吹奏楽部のレギュラー部員達。
琴音の携帯にも麻理子からのメールが届いていたのだが一応確認の為にYASHIMAの楽屋に出向いたのであった。
「これで今迄の練習を存分に発揮出来るわね!思い切り楽しんでらっしゃい!!」
「はいっ!!」
プランAの進行であったら、これでアンコール。♪さめた肌、♪止まらないHa~Ha、♪トラベリン・バスの3曲で終了予定であったが、プランBなら、これまでの努力が無駄にならず練習してきた全ての楽曲を演奏出来る。
楽屋内のモニターで、琴音と共に観ていたYASHIMAのエキサイティングなライヴ・パフォーマンスに刺激され、やる気満々の部員達。
意気揚々とステージへと向かう。
だが、ステージ袖に迄来ると、さっきまでのやる気は何処へやら、皆揃ってガチガチに緊張しだしてしまった。
客席から聞こえてくる凄まじい永ちゃんコールに完全に飲まれてしまったのだ。
薄暗い空間でも蒼白な顔色がよく判る程に生気を失ってしまってる。
普段、自分達が出ているコンクール等の雰囲気とは全然違うシチュエーションなのだから無理も無い。
中でも部員の中で一番の実力者だが性格も人一倍大人しいアルト・サックスの広瀬華音はガタガタと震えて泣きべそまでかいていた。
特に華音は今回リード・パートも請け負っているので他の部員達よりも責任重大であるが故に余計にプレッシャーを感じてしまっているのだろう。
こんな状態でステージに送り出せる筈も無く、琴音は何と言って部員達を励まそうか言葉に悩んだ。
だが、その時
「大丈夫だよ」
白スーツに着替えた裕司が華音の肩をポンと叩く。
「俺だってさっき下手糞なギター晒したけど、お客さんはみんな俺に拍手を贈ってくれた。君達は凄く上手いんだから少し位失敗したって誰も君達を責めたりしないよ」
そのまま華音の肩を抱く裕司。
「それに君は独りじゃない。仲間も一緒だし俺達も居る。共にステージに上がるんだから何も怖がる事なんかないよ」
すると華音は、その優しい微笑みに暫し見とれてしまった。
「おいおい裕司ぃ!」
「麻理子ちゃんに言いつけちまうぞぉ!」
「バ、馬鹿!そんなんじゃねぇよっ!!」
敏広達が囃子立てるので慌てて華音から離れる裕司。
「ヴォーカルの言う通りだ」
ここで清純が口を開く。
「こう言っては申し訳無いがオーディエンスは君達には何も期待していない。何故なら彼等は君達を目当てでは無くYASHIMAを目当てで此処に来ているんだ」
身も蓋も無い言い方だが確かにその通りだ。
「それに彼等は審査員でも無ければ君達のスポンサーでも無いし君達が失敗する事を望んでいる他校の生徒でも無い。
やる側と観る側とゆう違いは有れど、彼等もただ純粋に音楽を楽しみたいとゆう俺達や君達と同じ人種なんだ。
この永ちゃんコールは、そんな俺達と同じ想いが表れているに過ぎない」
部員と共に琴音や敏広達も清純の言葉に聞き入ってしまう。
「自分を良く見せよう、いい格好をしよう等と見栄を張ろうとするから余計に緊張してしまうんだ。
期待されていないのにカッコつけたって無駄じゃないか。そうだろう?」
誰もが納得してしまい不思議と開き直りとも思える様な感覚が湧き気分が楽になってくる。
「今日を迎えるに当たって君達が熱心に練習を重ねてきた事は雨宮先生も俺達もよく知っている。
流した汗は嘘を吐かない。
今、君達がやるべき事は余計な事は考えずに皆で今、この瞬間を楽しもう。
この熱気を共有しようと思えばそれで良い」
不思議と部員達に生気とやる気が漲ってくる。やはりプロの言葉は違うと琴音や敏広達は脱帽してしまった。
そして何より自分達も清純の言葉にモチベーションが上がって早くステージに上がりたい、楽しみたいとゆう気持ちにさせられる。
「それじゃ行くぞ!共に楽しもう!!」
「は、はいっ!!」
円陣を組むYASHIMAと部員達。
円が大きい為に片手を前に出しても合わせられないので皆で肩を組む。
「YAZAWAサイコーッ!」
「YAZAWAサイコーッ!!」
敏広のコールに皆が続ける。
「永ちゃんGREAT!」
「永ちゃんグレイト!!」
「YASHIMAもサギ高も今この場に居る俺達みんなマジ最高!」
「YASHIMAもサギ高も………」
長すぎるコールにレスがグダグダになってしまい笑いが起こる。
「長ぇよっ!」と賢治が思わず突っ込むと更に笑い声が高まる。
その御陰で緊張感が更に溶け和やかなムードとなり
「俺達みんなでYAZAWA魂、爆発させるぞいいかっ!!」
「オゥ!!」
「ハイッ!!」
気持ちが一つにさせるYASHIMAとサギ高吹奏楽部の部員達。
「それじゃ行くぞぉ!!」
そして彼等はスポットライトを浴びる為にステージへと飛び出した。
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