第弐章:パブリック・リタリエイション
「今晩は。桜井遼子です。今夜も御手洗宗一先生に、お越し頂いております」
「どうも!御手洗雲…」
「先生、早速、本題へと入らせて頂きたいのですが」
「あ、あ、あ、あ、あぁ、はい…」
掴みの出鼻を挫かれて吃ってしまう御手洗。一応、ネタをゴリ押ししない辺りに人柄が伺える。
「本日の午前11時、我が国で初の、否、恐らく全世界でも初の試みだと思われます、パブリック・リタリエイション、いわゆるPR制度が執行されたと法務省より発表されました」
「ええ。制度としては現憲法、施行後から既に4年ですか。仰る通り近代国家としては初の試みでありますけれども何より、遂に、この制度を希望する国民が現れたか!というのが私個人の率直な感想ですね」
「【public retaliation】公共の報復、仕返しとの解釈が出来ますが、そもそも、これは、どの様な制度なのでしょうか?」
「今、桜井さんが仰った通りで公共の報復、つまりは、国が犯罪被害者や遺族に対して報復権を与えると。簡単に言ってしまえば昔の仇討ちの様な制度ですね」
「随分と物騒な制度という印象を受けますが…」
「そりゃ仇討ちですからねぇ。当然、命のやり取りになるでしょうから穏やかな物に成る筈は有りませんなぁ」
「そもそも何故、この様な制度が導入される事になったのでしょうか?」
「御存知の通り、現憲法になって死刑は、いわゆる人権剥奪者のみに適用という事になりましたよね。ただ、それも剥奪者の再犯が条件ですので事実上、死刑制度は廃止された様な物なんですね。そこで殺人等、凶悪犯罪の被害に遭われた遺族には、お望みで有るなら加害者に対して報復出来る機会を国が提供しようという事ですね」
「被害者の無念を遺族が晴らす機会を国家が設ける、という事で宜しいでしょうか?」
「正に、その通りです」
「解りました。もう少し詳しく、お伺いしたいのですが、犯罪被害と一言で言っても様々な物が御座います。このPR制度は人権剥奪者のみに適用される物という事で間違い無いのですね?」
「そうですね。ですから、例えば、痴漢に遭ったから、あのスケベオヤジ気に入らない!とかって報復は出来ません。あくまで裁判の結果、人権を剥奪された者に対して、その被害者遺族が報復を希望した場合のみに施行されます」
「それは遺族であれば、どなたでも報復が可能なのでしょうか?」
「基本的には、そうですね。一応、裁判所の審査が必要ですが」
「審査とは、どの様な物なのでしょうか?」
「当然、制度を申し出た者が本当に遺族なのか?被害者との続柄は?等、簡単な事ですがね」
「あくまで、この制度を利用出来るのは遺族、つまりは血縁者のみという事になるのですね?」
「そうなんですね。実は以前、結婚を控えた、ある女性が通り魔に殺されるという事件が起こりまして」
「何とも痛ましい事件でした…」
「えぇ。で、その時、被害女性の婚約者が、このPR制度を利用しようとしたのですが、まだ結婚前、戸籍上は身内では無いという事で受理されなかった事が有ったんですね」
「何と申し上げたらよいやら…」
「それで、この男性、並びに事件を知った有権者からも、こういう場合は身内で無くとも特例を認めろ!との声が相次ぎまして制度の見直しが検討されている所です」
「もし仮に、その時、受理されていれば…」
「それが初に成っていたでしょうなぁ」
「先生、新憲法施行後、凶悪犯罪は前憲法時代より減少傾向にあるとのデータが出ておりますが、未だに、その様な犯罪が絶えません。そんな中、このPR制度を利用する国民、遺族が実際に出てこられた訳ですけど、この現実を先生は、どの様に受け止めてらっしゃいますか?」
「そうですね。制度が設けられても、まだ一般には浸透していなかった事も有るでしょうけど、もし家族が殺されて、幾ら報復する機会を国が与えてくれたとしても実際に自分が、それを行動に移すとなったら普通なら誰もが二の足を踏むでしょうなぁ」
「気持ちは復讐したいと思っていても実際に仇を討つとなると…私も想像するだけで恐ろしい気持ちになります」
「それが正常だと思いますよ。かといって今回、PR制度を利用した方を異常だとは思いませんが。また、今回の件では遺族のお気持ちが痛い程に、よく解ります」
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