「ママ!遥子ねぇ、今日、天使に逢ったの!」
「えぇっ!?」
遥子の母、響子は声が裏返る程に驚いた。
話の内容にでは無い。遥子が自分から話始めたからだ。
幼稚園から帰る時、普段ならどんなに話しかけても遥子は何も喋ろうとしなかった。
楽しい事など何も無いのだから当然だが、それでも響子は遥子との会話の糸口を何とか見付けようと毎日頭を悩ませていた。
所が今日は遥子自ら話始めたのだ。しかも嬉しそうに。
「そう。天使に逢えたの」
「うん!その天使ねぇ、『やまもとまりこ』ってお名前なの!」
この日、遥子は家に着いてからも、お風呂や晩御飯の時間になっても楽しそうに『天使』の話を繰り返し、この遥子の変貌ぶりに父に二人の姉、祖父母も唖然とする程に驚いていた。
あの時、転んだ痛みより心の方が遥かに痛かった。
だが声の方に目を向けると一人の少女がしゃがんで自分を心配そうに見詰めている。
大きな瞳に愛に満ちた表情。朝日を背に遥子を見詰めるその姿は、まるで空から天使が舞い降りてきた様に思える程に神々しかった。
「立てる?」
手を差し伸べてくれる天使。
「う、うん」
驚きの余り泣く事も忘れ、慌てて立ち上がると、その天使は遥子の身体に付いた土埃や砂を優しく払ってくれた。
その時、天使に付いている名札の『やまもとまりこ』の字は一瞬で遥子の記憶にインプットされた。
「怪我はしてないね」
遥子の膝小僧を診てくれる麻理子。
「うん。あ、ありがとう……」
その言葉に麻理子は立ち上がるとニッコリと遥子に微笑んだ。
「!」
遥子は麻理子の笑顔に一瞬で心奪われた。
こんなにも優しい笑顔を見るのは生まれて初めてだった。
その時
「麻理子ちゃーん!」
2人の女の子が麻理子を遊具の方から呼んだ。
それに笑顔で手を振る麻理子。
「一緒に遊ぼっ!」
「えっ!?」
麻理子は遥子の手を取り、お友達の方へと向う。
そしてこの日、遥子は入園して初めて誰かと一緒に遊んだのだった。
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