ネット小説☆女達のトラベリン・バス☆156

何も見なかった様に携帯画面に視線を戻す遥子。

「久しぶりじゃないか」
「えぇ」

無視するのもどうかと思い返事だけはする事にした。
しかし視線は携帯に向けたまま。

「あれからもう5年も経つのか」
「そうでしたっけ?」

自分でも何処か白々しい返答に思える。

「今は何をしてるんだ?」
「貴方には関係ありません」

苦笑する達郎。

「つれないじゃないか。昔はお互いの…」

この時、遥子は思わず「止めてっ!!」と叫びたくなった。だが

「お待たせしました!」

タイミング良く遥子が注文したランチがテーブルに運ばれてきた。
携帯を閉じ食事を始める遥子。
その間、達郎は口を開かなかった。
やがて達郎が注文したランチも運ばれ二人は無言で食事を続ける。
殆ど味わう事もせず先に食事を終えた遥子。お茶を飲み一息吐く。
そして伝票を手に立ち上がろうとした時、達郎が遥子の伝票を手で抑えた。

「ここは僕が払おう」
「仰ってる事の意味が判りません」
「いいじゃないか。あの頃を…」
「そんな義理は有りません」と遮る様に言いながら伝票を強引に手元へ引こうとする遥子。
「まあそう言わず僕が食べ終わる迄、待ってくれないか?この後コーヒーでも飲みながらゆっくり話そう」
「急ぎますので」

遥子はバッグの中の財布から千円札を取り出しテーブルの上に置いて立ち上がった。

「遥子、待つんだ!」

立ち去ろうとする遥子の手を掴む達郎。だが

「痛っ!」

逆に遥子に手を取られ手首の関節を捻られる。
その痺れる様な苦痛に顔を歪める達郎。
そして遥子は満面の作り笑いを浮かべ、こう告げた。

「奥様とお子様を幸せにしてあげて下さい」

手を離し素早く伝票と千円札と取り上げ遥子はレジへと向かった。

痛む手首を握りながら遥子の背中を目で追う達郎。
憮然とした表情で舌打ちをする。通達が効いたのか追い掛ける様な行動には出なかった。

店外に出ると遥子は大きな溜息を吐いた。よりによって日本橋周辺を避ける根本の人物と迄、顔を合わせるとは。

朝から色んなハプニングに出くわしているが宮間達郎との再会は遥子が最も望んでいない事であった。

だが遥子にとって達郎はある意味では色々な事を教えてくれた恩人でもあったのだ。
社会人としての心構え。仕事に対する姿勢。そして女の悦び。

つづく

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