ネット小説☆女達のトラベリン・バス☆161

例の『プロポーズ』以降、態度は保留のままにしつつも遥子は日に日に達郎との『結婚』を真剣に考える様になる。

一方、達郎はあの日以来、遥子からの返答を催促する様な事は無く、そのまま二人はズルズルと『大人の関係』を続けていた。

だが10月になる頃に突然、達郎は遥子の部屋へ行くのをパタリと止めてしまうのであった。

仕事が終わると直ぐに帰宅の途に付いてしまい残業も極力しない様になる。

まるで1分1秒でも早く家に帰りたい様子。
理由を尋ねると「あ、最近、女房の体調が悪くてね」

納得するも何故だか達郎の表情は何処か明るい。

遥子の中で言い様の無い寂しさと不信感の様な物が募る中、11月のある朝

「宮間!お前、奥さんオメデタだって!?」

業務開始直前に他の部所の、達郎と同期入社の男が廻りにも聞こえる位の大声を上げて総務部に入ってきた。

「お、おい!声がデカイよ!」
「照れるなよ!良い事じゃないか!お前、前から子供が欲しいって言ってたもんなぁ!」

すると廻りの社員達が

「本当ですか!?」
「課長、おめでとうございます!」

一斉に拍手を贈り達郎を祝福する。

「で、何ヶ月だよ?」
「………3ヶ月」

照れ笑いを浮かべる達郎。そんな中

「槙村さん、どうかした?」
「えっ?」
「何か顔色悪そうだけど?」
「い、いえ、何でも………ちょっと失礼します」

先輩女性社員にそう告げると遥子はトイレの個室に駆け込んだ。

《どういう事?達郎さんの奥様がオメデタって……》

達郎は間違い無く自分に産んで欲しいと言った。そして女房が子供を作るのを嫌がっていると。なのに何故?

3ヶ月という事は既成事実は8月。『プロポーズ』よりも後の事である。

遥子は裏切られた様な気持ちになった。
自分を抱いておいて、女房とは離婚を考えていると言っておきながら夫婦関係は続いていたのだ。
本来なら自分にそんな事を言う資格が無いのを承知しているが感情だけは抑える事が出来ない。
何より遥子を傷付けたのは祝福されてる時の達郎の表情。
一瞬ではあったが、その嬉しそうな笑顔は遥子と二人きりの時にさえ見せた事は無かった。


その日の夜

バスタオル姿のままドレッサーに映る自分を見詰める遥子。
何処かやつれた表情に益々気分が落ち込んでくる。
達郎に子供が出来た事がこんなにも自分にショックを与えるとは遥子自身、想像もしていなかった。
それだけ達郎に対して本気になっていたという事か。
遥子はこの時、初めて達郎の妻に嫉妬した。

《私の方が先にあの人の赤ちゃんを身篭っていれば………》

そんな馬鹿な考えまで思い浮かべては会った事も無い達郎の妻と自分を比較した。

考えれば考える程、虚しさが込み上げてくる。そして自分の愚かさも。
割り切った大人の関係の筈だった。既婚男性に本気になる方が間違っていると遥子も頭では理解していた。
でも達郎が自分をその気にさせたのも事実。
憎む事が出来ればどんなに楽であろうか。
遥子は立ち上がるとバスタオルを外し達郎が使っていたバスローブを身に纏った。
クロゼットの鏡の前に立つ。
達郎に背中から抱き締められてる様な感覚を覚える。
そのまま遥子はベッドへ。
かつて何度も愛し合い求め合ったベッド。今は一人、その冷たさに例え様の無い寂しさが込み上げてくる。
やがて遥子は自分で自分を慰め始めた。
愛欲の日々を思い出しながら自身の肉体を弄ぶ。
だが上り詰めても決して満たされない。
何度、自分を慰めても得られるのは苦痛でしか無かった。
それでも自分を陵辱し続ける遥子。
数え切れない程の虚しい絶頂を繰り返し汗と愛液でバスローブを濡らしながら涙で枕を濡らす。

《子供には敵わない……》

達郎の喜ぶ顔を思い出しながら遥子はまだ生まれぬ愛しい男の分身にさえも嫉妬し、朽ち果てる様に眠った。

つづく

UnsplashでAnnie Sprattが撮影した写真
Sleeping child – Annie Sprattが撮影したこの写真をUnsplashでダウンロードする

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