初めてライヴで体験する矢沢永吉の唄はこれ以上無いとゆう位に遥子の心に響いた。
まるで自分の為に歌ってくれてるとでも錯覚してしまいそうな程に。
官能的な男女の関係を物語った歌が多いYAZAWAの楽曲は正に遥子の現在を表現してくれてる様にも思え、また歌声が激しくも心地良く時折見せる切ない表情にも惹きつけられる。
多くの女性がYAZAWAが醸し出す男の色気に魅了されるのと同様に遥子もそのパフォーマンスに次第に引き込まれ自然とリズムに身を任せだした。
やがて周囲のオーディエンスとも不思議な一体感を感じ始めてきた遥子。
明らかに他のコンサートとは違う。
麻理子と初めて行ったビリーのコンサートとも、その後、大学時代に同級生達と足を運んだ幾つかのライヴでも今の様な感覚を覚えた事は無かった。
怒涛の永ちゃんコールも、けたたましい拍手に歓声、手拍子、足踏みにファンの吐息さえもコンサートの一部の様に思える。
遥子はこの時確信した。
矢沢永吉というアーティストはパフォーマーであると同時にマエストロなのだと。
そしてこの独特の熱く激しいYAZAWAファン達も実は単なるオーディエンスでは無く、このエキサイティングなパフォーマンスを各自がそれぞれの想いで担っているのだ。
まるで武道館全体で奏でる壮大なオーケストラの様に。
一人のアーティストと大多数のファンが共に織り成すシンフォニーは決してテレビ画面だけは伝わらない物であった。
この場に、この空間に自ら身を投じないと絶対に味わう事が出来ない多幸感にも似た様な感覚。
これら全てが相重なり遥子は今、カタルシスを感じないでいられなかった。
チビクロと呼ばれ生きてる事が辛かった幼稚園時代。
生きる事に希望を見出す事が出来た天使、麻理子との運命的な出会いと再会。
自分を支えてくれた家族に敏広達。そして達郎。
それ等全てが有って今、自分はこの場に居る。これも運命であるかの様に。
そしてアンコール最後の曲♪永遠のひとかけらを耳にすると遥子は涙を止める事が出来なくなった。
嗚咽こそ出なかったものの唄の様に溢れ出す涙を拭う事もせずステージを観続けた。
そんな遥子に無言でそっとハンカチを差し出す雄一郎。
「………すみません」
綺麗にアイロン掛けされている純白のハンカチを受け取り遥子は目頭を抑えた。
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