コンサート終了後、遥子は敏広や雄一郎達に打ち上げの飲み会にも誘われ、この時ばかりは普段と違い喜んで付いて行った。
飯田橋駅東口近くの居酒屋に入るとそこには既に今回の打ち上げ参加者が多数来ており、そこで遥子は『情事』こと真純やミスター・ギブソンと初めて顔を合わせる。
真純は当初、雄一郎が連れ合いと参戦すると聞いていたので遥子を見て「こんな若い奥さんなの!?」と本気で勘違いしてしまった。
以来、多くのYAZAWAファンと出会い現在に至る訳だが思い返せば遥子にとってのYAZAWAの洗礼は矢沢永吉本人の凄さも勿論だが個性的で熱いYAZAWAファンによる影響も多分に有る様だ。
特にYAZAWAと今の仲間達に出会えるキッカケを作ってくれた敏広は遥子にとって麻理子の次位に感謝している存在である。
また皮肉にも達郎との苦い結末が無ければ永ちゃんのコンサートに行く事もその仲間達と出会う事も無かったかもしれないと思うと何とも言えない気分になる。
「お客さん、着きましたよ」
タクシーの運転手に呼ばれ我に帰る遥子。
「あっ、お世話様です!」
領収書を受け取り帰社。まだ昼休み時間内であったが今朝取り掛かろうとしていた別件の書類作成を始める。
昼休み終了間際、課長がランチから戻ってきた所で出来上がった書類の提出と先程のプレゼンの報告。
「仕事が正確で早い部下が居ると本当、助かるよ!」
「恐れ入ります」
自分のデスクへ戻ろうとする遥子。すると
「あっ、槙村君、今日はもう上がっていいよ」
「えぇっ!?」
思いがけない言葉に声が裏返る。
「瀧本常務から聞いてるよ。受けるんだろう?」声を少し落とす。
「今の時点では何とも…」
苦笑する遥子。
「沢崎女史のピンチヒッターとなると俺も君以外、誰も思いつかんよ。折角一段落した所だったのに大変だな」
返答に困った遥子はここでも苦笑い。
「いずれにしても、また忙しくなる事は間違いないんだから、こんな事しか出来ないが今日の所は、ゆっくり休むなり自分の為に時間を使ってくれ」
「すみません。それじゃお言葉に甘えて」
「お疲れさん」
遥子は役員室に向い瀧本から典子が入院している病院を教えてもらった。
新橋駅方面に向い途中、花屋に寄ると2匹の白とピンクのプードルを形どったフラワーバスケットに目が止まり購入。そしてタクシーで港区内の大学病院に向かう。
遥子の直属の上司である沢崎典子は元々、アルテミスの常連客で遥子が大学生の頃にサロンにて担当だった姉の涼子を介して知り合った。
サラサラで艷やかな長い黒髪が特徴で聡明なお姉さんという雰囲気は女子から見ても魅力的であり、たまたま出身大学が同じだった遥子の事を「後輩」と可愛がってくれ前の証券会社を退社した時に今の会社に呼んでくれたのも典子であった。
病院に着くと面会は14時からとの事なので1階の喫茶店でコーヒーを飲みながら時間を潰す。
時間になり会計を済ませてロビーに出ようとした所で病院のスタッフが現れ遥子を病室まで案内してくれた。
ドアをノックする若い女性スタッフ
「はい」
中からいつもオフィスで耳にしている澄んだ声がする。
「面会の方をお連れしました」
「どうぞ」
中へと入ってゆく。
「遥子ちゃん」
頭にニット帽を被った典子がベッドの上から笑顔で出迎えた。
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