ネット小説☆女達のトラベリン・バス☆204

「えっ?それって永ちゃんの、ですか?」
「勿論!」
「えぇーっ!遂に澄子さんもYAZAWAデビュー!?」

横で聞いていた千晶が乗り出し、その大声に皆が手を止めてしまう。

「皆さんのお話を聞いてたら、何だか私も矢沢さんに逢いたくなっちゃって」

と照れた様な微笑みを見せる澄子。

「そうですねぇ……普通なら『ぴあ』とか『イープラス』で…」
「だったら澄子さん私と一緒に行こうよ!私、今年の武道館初日のチケ抑えてあるから!」
「おい!それ俺が確保したチケットだろっ!」
「いいジャン!永悟はもう何度も行ってるんだから澄子さんに譲りなさいよ!」
「なら千晶が自分の分を譲ればいいだろ!」
「ケチくさいわねぇ男のクセにぃ!」
「いい加減になさい!」

今日も保護者の里香は千晶と永悟に振り回される。

「そういう事なら私に任せて下さいよ!」と真純。
「実は私、ラッキーな事に武道館100回目の日、クラブ優先で取れたから、その日、御一緒しませんか?」
「えぇっ!情事さん100回目確保出来たんスか!?」と敏広。
「しかもSSよ!」
「いいなぁーーっ!!」
「ちょっと聞いてないわよ!」と眞由美。
「言ってないもの」
「イヤな女ねぇ~!!」

2007年12月16日、矢沢永吉は前人未到の日本武道館100回目のコンサートを達成。

この日のチケットは例年以上の激しい争奪戦となり当日の開演ギリギリまでチケット確保に奔走するファンが続出した。

「で、でもそんな記念の日に私の様な者が足を運んでもいいのかしら?」
「関係ありませんよ!私がご招待したいんですから。ねぇ行きましょっ!」
「……本当に宜しいの?」

かくして生涯初めてのコンサートが矢沢永吉、しかもメモリアル・ライヴの日に参戦する事となった澄子。

雄一郎が生きてた時に一度、誘われた事もあったがその時は体調不良を理由に不参加。

あの時は正直、余り乗り気では無かったのだが今回は自分でも意外な程にその日が来るのを待ち遠しく感じてしまっていた。


やがてツアーが始まり裕司や真純達の周囲も慌ただしくなって澄子の携帯にもコンサートのセット・リスト等のネタバレメールがほぼ毎日、届く様になる。
澄子にすればセトリ等を見ても何が何なのか全く判らないのだが、そんなメールを介してされる千晶や真純、愛美、麻理子、裕司達のやり取りを読んでるのが何だか楽しかった。

思えば携帯電話を持つ様になって半年。

自分とは無縁のツールだと思っていたが真純に薦められて購入すると、こんな便利な物は無いと思え気が付けば周囲の者達が驚く程に、この文明の利器を使いこなしてしまっていた。

もしかしたら生前の雄一郎は勿論、寺田兄弟達よりも上手く使ってるかもしれない。

そしてツアーも大詰め。澄子のYAZAWAデビュー予定日の一週間前。

その日は何だか朝から身体が重かった。

「風邪でもひいたのかしら?」

この日、昼は久し振りに真純とランチの予定だったのだが体調が芳しくない事をメールすると真純から大事を取ってキャンセルしましょうと返信がきた。

その数分後、真純の後輩で留守番役のケイコが心配して電話をかけてきてくれたが「大丈夫」と返答。

日中はずっと横になって過ごした。

夕刻になると少し空腹感を感じてきたのでキッチンへ。

簡単に食事を済ませると身体が温まってきたのか朝程の体調の悪さを感じなくなってきた。

だが一息ついて洗い物を始めると突然、後頭部から首筋の辺りに鈍い痛みを感じてきた。

我慢して洗い物を終えリビングへと向かうも気分が悪くなり途中で足が止まって、その場でしゃがみこんでしまう。

ここ数日、時々軽い頭痛や目眩等を感じた事は有ったが今程強く辛い物では無かった。

「………頭痛薬…有ったかしら?」
救急箱が置いてある場所へ向かおうとするも何処に置いてあるのか思い出せない。

何とか立ち上がりリビングまで辿り着くと今度は激しい悪寒を感じ身体が全く動かなくなってしまった。

《ど、どうしちゃったの?私の身体………》


ガタガタと震え脂汗が湧き出てくる。呼吸も激しくなり動悸も痛い程に響き澄子はその場に倒れてしまった。

自由の利かない身体が痙攣を起こし意識が朦朧としてくる。

《死んでしまうの?……私……このまま…》

今迄、感じた事の無い不安感と恐怖心が澄子を襲い同時に身体中の感覚とゆう物が徐々に消えてゆくのが判る。

何も感じない。今は異変に気付いて騒いでるミィの鳴き声も聞こえない。仰向けに倒れた状態の中で判るのはリビングの天井が見えるという事だけ。

すると澄子の瞳に一人の人影が浮かんできた。

《雄一郎さん……》

その姿に不思議な安堵感を感じてしまう澄子。

《……迎えに来てくれたの?》

そう思うと次第に快感にも似た妙な多幸感を感じてきた。
このまま、その微睡みの中に身を委ねてしまいたいと思う。だが、その時の雄一郎は険しい表情で澄子を見据えながら首を大きく横に振った。

その厳しい眼差しに澄子は目が醒める様な感覚を覚え、その途端、全身に電流の様な痛みが走った。

《そ、そうよ!まだ私は貴方の所へは行けない!今、死んでしまったら……貴方の大切なお友達をトラブルに巻き込んでしまう!》

澄子は最後の力を振り絞ってテーブル上の携帯に手を伸ばした。

つづく

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