ネット小説☆女達のトラベリン・バス☆172

せわしない程の喧騒が響き渡る空港内のロビー。

無言のまま横に並んで座る遥子と麻理子。

麻理子が俯いて泣いている中

「卒業式の日の事……憶えてる?」

遥子が沈黙を破った。

その問いに小さく頷く麻理子。実は麻理子も同じ事を考えていた。

麻理子の部屋にある一つ目のフォトフレーム中央の写真。

<BGMは♪So Longから♪あの日のように>

卒業証書の入った筒を大事そうに握りしめ少し涙目になりながらも微笑む麻理子と、そんな麻理子を、まるで彼氏の様に肩を抱いて笑顔で目元辺りにピースをする遥子。

その写真を撮ると二人は卒業証書と荷物を互いの親に預け制服姿のままディズニー・ランドへと繰り出した。

ずっと手を繋いだまま色んなアトラクションに乗ってパレードを観ては燥ぎ、この時程、時間が止まって欲しい、今が永遠に続けばいいと思った事は無かった。

だが、やがて閉園の時間。

帰宅の途につく他の来場者達を横に二人は舞浜駅のベンチに丁度今の様に座ったまま無言で電車をやり過ごし中々帰ろうとしなかった。

帰ったら、明日になればもう制服を着る事も学校に行く事も無い。つまりそれは互いの別れを意味する。

まだ幼さが残る二人のささやかな抵抗であった。

家出か何かかと思った駅員さんが心配して声をかけてきたが遥子が「何でもありません。大丈夫です」と返答。

だがそれでも帰ろうとしない為、遂に二人は警察に保護されてしまう。

事情を話すと笑いながら二人の気持ちを理解してくれた駅員さんと警官。

それぞれの家に連絡を入れると二人が出会った時(遥子にとっては再会)の様に麗子がマジェスタで舞浜まで迎えにきてくれ帰宅途中で、またあの時の様にファミレスで遅い夕食。そしてその後、麻理子の自宅へ。

麻理子の家に着いた頃には既に日付が変わっていたが門限等に非常に厳しい麻理子の父、孝之もこの時ばかりは笑って許してくれた。

「あの時、麻理子ったらベソかきながらもしっかりご飯は完食してたよね」と笑う遥子。

麻理子は黙ったまま涙を拭い続ける。

「麗ネェも麻理子ちゃんらしいって笑ってた。

 それで麻理子の家に着いたら……もう夜中なのに麻理子の御両親、起きて待っててくれてたね。

 麻理子のお父さんも……あの時は不思議と怒らないでくれたね。

 そうだ、おじ様とおば様にも………宜しくお伝えしてね。

 それから……たまには………ホントたまにでいいから…………

 私の実家にも顔を出してあげてね。

 ウチのお母さん………ホンット麻理子の事、大好きだから……………」

やがて遥子も言葉が続かなくなってしまった。

重い沈黙が流れる。

何も言いたくない訳じゃない。出来ればいつもの様にお喋りしたい。だが何を話しても二人が望まない瞬間は確実に訪れる。

それを思うと何も言葉が出なくなる。卒業式のあの日あの時の様に。

そしてとうとう遥子が乗るクアラルンプール行の搭乗開始のアナウンスが流れてきた。

「さて……………それじゃ行くね!」

努めて明るく振舞いながら立ち上がる遥子。一歩前に進もうとしたその時、麻理子が袖を掴んだ。

「麻理子……」
「行っちゃ嫌だ」
「今生の別れじゃないんだからさ」
「イヤだっ!」立ち上がる麻理子。
「お願いだから困らせないで」
「寂しいよぉ!」顔がクシャクシャになる。
「麻理子には裕クンがいるでしょ」

麻理子の頬を撫でながら優しく微笑む。

「遥子と裕クンは違うもん!!」

麻理子はまた遥子に抱き着いて泣き出してしまった。

果たして家族以外で、こんなにも自分の事を愛してくれる者が他に居たであろうか。
遥子の脳裏に麻理子と初めて出会った時から今迄の思い出が走馬灯の様に浮かんでは消えてゆく。
男女という垣根を越えて、ある意味では最も愛しく大切な存在である麻理子。
それを思うと遂に遥子も今迄、堪えていた物が途端に溢れ出してきた。

<BGMは♪親友>

天井を高く見上げ最後の抵抗を試みる遥子。
だが溢れ出る涙は遥子の目尻から頬を伝い麻理子の髪へと一滴、また一滴と静かに零れ落ちた。

「また……………」

麻理子を抱きしめる手に力が入り下唇を強く噛む。

「また永ちゃんのコンサート一緒に行こうね」
「ディズニーランドも行く!」
「うん…………」
「沖縄もっ!!」
「そうだね……」

遥子の表情が緩む。

一度、別々の道を歩み、それぞれの人生で大人に成っていった二人。
そんな二人を再び引き合わせたのが矢沢永吉であった。

「女同士の……別れだって淋しいよね……」

そして今、再び離れ離れになってしまう二人の絆もまたYAZAWAの唄であった。


機内から窓の外に目を向ける遥子。

現地に到着したら感傷に浸る暇も無く業務に取り組まなければならない。

だけど、今だけは麻理子と仲間達に想いを馳せたいと展望デッキの方に視線を送る。

その遥子を乗せた機体を金網越しに見詰めている遥子の仲間達。

「やっぱり寂しいわよねぇ……」
「遥子ちゃんの新しい門出を祝うべきなんだろうけど……」
「見送る立場の苦い現実か……」

すると突然

「あーの人のっ!シャネルがっ!」

敏広が大声で歌い始めた。
柄にも無く敏広は泣いていた。涙でボロボロになってる表情を隠そうともせずに上擦る涙声で歌い続ける。
この時、皆、敏広の気持ちが遥子に対して本気であった事を悟った。

やがて拳斗が、眞由美が、賢治が、そして皆が敏広に合わせて歌い出す。

ただ麻理子だけは裕司の胸で今も尚、泣き続けていた。

滑走路で離陸体制に入る飛行機。流れる様に走り出し地上から離れて行く。

そして旅立つジェットに向かって遥子の最高なYAZAWA仲間は一斉に叫んだ。

「GOOD LUCK!!」


第四章 了  第伍章に続きます。


コメント

  1. ハルモニア より:

    私も毎回読ませて頂いて…自分なりに思い入れがあるんです。
    各登場人物の顔や声もかなり出来上がっています。
    作品に感情移入したらいつものことですが…。
    さすがにBGMまではイメージしていませんでしたが、今回の2曲は確かによく合っていると思います。
    本当は永ちゃんの曲、もっとドラマや映画で使われてもおかしくないですね。

  2. AKIRA より:

    ハルモニアさん♪^^毎度です
    女トラに思い入れ、感情移入して頂き本当にありがとうございます
    BGMに関しては今回に限っては上手く纏められたと自画自賛しております(笑)
    仰る通り色んなドラマ、映画の場面でYAZAWAの曲は使われていい筈ですよね
    今後もその辺を自分が女トラで証明したいと思いますんでヨロシクです(笑)

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