「まぁ!本当に美味しい!!」
初めて飲む愛美のカクテルの味に本気で感動する澄子。
「ありがとうございます」
「私も愛美さんの作ってくれるカクテルが一番好きなんです!」
「他で飲んだ事有るのかよ?」永悟がツッコむ。
「もう一々うるさいなぁ!」
やがて話題は千晶と永悟の現在のパートナーの事や愛美の結婚生活に麻理子と裕司の馴れ初め等の、いわゆる恋バナに展開。
澄子は聞き役であったが、どの話も面白く興味深いので全く退屈しなかった。
所が千晶が突然
「一つ聞いてもいいですか?」
「何かしら?」
「澄子さんはどうして神崎さんと結婚したんですか?」
「ちょっと千晶ちゃん!」
「だって気になるんだもん。こんな綺麗な人がどうして神崎さんみたいな普通のオジサンと結婚したのか」
無礼とも思えるその言葉に固まる里香。千晶の性格に慣れてる永悟も横で呆れてる。
だが澄子はその素朴で素直な疑問にクスクスと笑っていた。
「済みません本当に……」
「うふふ、いいんですよ。確かに主人は何処にでも居る様な普通の人でしたから。でもねぇ」
3杯目のプッシー・キャットを一口飲む。
「私にとっては他の殿方の誰よりも素敵な旦那様だったのよ!」
「キャーッ!ラブラブーッ!!」歓喜の叫び声を上げる千晶。
「これはこれは。ご馳走様です」
拳斗の言葉に更に場が和む。
「でも益々気になるなぁ!二人の出会いってどんなだったんですか?」
「もう~」
無遠慮な千晶に、もはやお手上げの里香。だが澄子は楽しげであった。
「そうねぇ……」
紙ナプキンで唇の端を抑える澄子。
「あれからもう何年、経つのかしら……」
当時を思い出しながら、ゆっくりと話始める。
澄子は二十歳を過ぎた頃に家庭の事情で大学を辞めて川崎市内の、とある工場で事務職をしていた。
急な環境の変化、慣れない通勤等で疲労がピークに差し掛かっていた有る日。
帰宅途中の旧国鉄川崎駅のホームで電車を待っていると澄子は突然目眩を起こし、しゃがみこんでしまった。
我慢して何とか立ち上がったが今度はよろけて後ろへと倒れそうになる。
その時、背後を歩いていた中年サラリーマンと接触。
すると、その中年は邪魔だとでも言わんばかりに肩で澄子を押し退けた。
「あっ!」
前のめりになる澄子。しかも自分を支える事が出来ない為に転がる様に倒れてしまう。
そしてそのまま澄子の身体はホーム下へと転落してしまった。
ドサッ!
「オイッ!人が線路に落ちたぞっ!」
異変に気付いた誰かが叫ぶ。しかも
ファーーーーーーーーーーーーーーーッ!!
けたたましい警笛を鳴らしながら電車が澄子が倒れている線路内へと進入してきた。
急ブレーキを掛ける車両。耳を劈く様な金属音が響く中、騒然とするホーム上。
絶体絶命、その光景を目の当たりにしていた誰もがもう駄目だと思った。
だがその時、一人の男が線路に飛び降りては澄子へと駆け寄り、その身体を抱き上げた。
「えっ!もしかして、それが神崎さん!?」
「そう!」
「ウソ!いやだ!カッコいいっ!!」
「凄ーい!映画みたい!!」
千晶、麻理子に揃って他の者達も驚嘆している中
「その話、本当だったんだ………」
「えっ?」
裕司の呟きに皆が注目する。
「いや、神崎さんベロベロに酔っ払うと、いつもその話を自慢気にしてたんだけど俺も職場のみんな誰も本気にしてなかったから」
ドッと笑いが起こる。
朦朧とする意識の中、ホーム下の僅かな隙間にて汗と油の入り混じった匂いのする胸に抱かれながら澄子は例え様の無い心地良さを感じていた。
それは少女が父親の胸で愛と優しさに包まれ安心して身を委ねられる様な感覚にも似ていた。
「だ、大丈夫ですかーーーーーっ!?」
悲壮感が漂う駅員の叫び。
「何とか無事だぁ!!」
隙間から聞こえる声に歓声と拍手が起こるホーム上。
「そ、それより早く電車、動かしてくれぇ!これじゃ出られん!!」
幸い澄子はこの時、転落した際に負った打撲程度の怪我で済んだが救急車が到着するまで駅員室にて保護された。
一方の雄一郎はホームに飛び降りた時に足首を捻挫。だが無我夢中だった為に痛みに気付いたのはその場を後にしてからだった。
「あの、せめてお名前を!」
澄子の呼掛けに何も言わず立ち去る雄一郎。
だが澄子の高鳴る心には雄一郎の顔と後ろ姿、そして胸の温もりがしっかりと刻まれていた。
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