「まぁ!男色の方って本当に居らっしゃるのね!」
自宅にて永悟の体験談を興味深く聞いている澄子。
この日は雄一郎の一周忌で、いつもの仲間達の他に里香や永悟、千晶も神崎宅に訪れてくれた。
そこで、また例のエピソード(番外編その1、その2を参照)が話題に上ったのだが、この頃になると永悟が進んでこの話をする様になっていた。
方々で千晶にネタにされるのを嫌って開き直ったのだが、そうすると思いの外、周囲の受けが良く永悟は却って気分が良くなり今では場を盛り上げる鉄板ネタとして自ら使っていたのだ。
一方で千晶は自分の持ちネタを取られた様な気がして一人つまらなそうにしていた。
その千晶は澄子が空いた食器を片付け洗い物を始めると自ら進んでキッチンに出向いて手伝い始めた。
「あら、いいのよ座ってて!」
「いえ」
「お客様にそんな事させては申し訳無いわ」
「いいんです。ここなら誰にも邪魔されず澄子さんとお話出来るし」
「まぁ」
折角なので澄子は千晶の好意に甘える事にした。
千晶のお手伝いは実に手際が良く普段から家でもやっているのだという事が伺える。
そして唐突に
「ねぇ澄子さん」
「なぁに?」
「どうしてそんなに綺麗なんですか?」
「!、やぁねぇ!こんなお婆さん相手にそんなお世辞を!何も出ないわよ!」
「ううん!澄子さんって本当に綺麗!気品が有ってピュアってゆうか純真無垢ってゆうか」
「いい歳して世間知らずなだけよ」
「でもお化粧も凄い上手だしお肌も私が知ってるオバチャン連中よりもプルップルだし。コラーゲンとか飲んでる?」
「なぁに?そのコラーゲンって」
澄子は流行り物に疎かった。そして千晶も言ってはみたもののコラーゲンが何なのかよく解っていなかった。
「私、愛美さんと眞由美さんを御手本にしてて大人になったらあの二人みたいになりたいなぁって思ってるんだけど、もっと大人に成ったら澄子さんみたいになりたい!」
「まぁ…」
照れて沈黙してしまう澄子。
「ねぇねぇ!何か秘訣が有るんでしょ?ねぇ教えてぇ~!」
「本当に何も無いのよぉ」
水を止めタオルで手を拭き別の新しいタオルを千晶に手渡す。
「ただ……」
「ただ?」
「感謝の気持ちを忘れてはいけないって事かしら?」
「? ? ?」
大きく首を傾げる千晶。
「今の私が居られるのは多くの人達のお陰。両親やお世話になった方々、そして亡くなった主人や貴女達、その人達の御陰で今を生きる事が出来る。その感謝の気持ちは常に持ち続けていなければと思っているわ」
「…………美容と関係無いじゃない」
「そうね。うふふふふ」
千晶からタオルを受け取る澄子。
「でもねぇ、感謝の気持ちが有ってこそ人は幸せでいられると思うの。その気持ちを忘れた途端に不幸は始まる。貴女が憧れている愛美さんや眞由美さんもそれが有るからあんなに素敵なんだと思うわ」
「う~ん………」
澄子の言ってる事は理解出来るが、千晶としては、そういう事を聞いているのでは無い故に不満気なリアクションを示す。その時
「澄子さん、それじゃそろそろ失礼します!」と裕司。
「あら御免なさい!何のお構いもしませんで!」
「何言ってるんスか!今回もたっぷりゴチになっちゃいましたよ!」
「ご馳走様でした!」
敏広と賢治が残った食器を綺麗に積み上げてキッチンまで運ぶ。
「まぁまぁ!お手数おかけして申し訳ございません」
一方リビングでは他の者達が当然の様にテーブルを拭いたり残りのグラス等を片付けたりしていた。
そして玄関先まで客人を見送る。
「いつも本当にありがとう!今日も楽しかったわ!」
亡き夫の一周忌に楽しいというのも変かもしれないがそれもまた事実であった。
「ミィちゃん、またね!」と麻理子。
「ミャア!」
「本当に麻理子さんに懐いちゃったわねぇ」と澄子が笑う。
ミィはこの日、ずっと麻理子の膝の上で丸くなり時々、麻理子の食事にちょっかいを出してはお裾分けを頂戴していた。
「それじゃお邪魔しました!」
「また!」
「お世話様でした。お気を付けて」丁寧にお辞儀をする澄子。
門の外まで出て雄一郎の仲間達が見えなくなる迄見送り続ける。
雄一郎がこの世を去って1年。思えばあっという間であった。
夫を亡くした寂しさと不安な日々が一転して楽しい日常へと変わり、思えば、こんなにも賑やかな生活は生まれて初めてではないかと思うと同時に澄子は裕司や真純達、雄一郎の仲間に対して改めて感謝の気持ちで一杯になった。
そして家の中へと引き返そうとしたその時
「神崎さん」
呼ばれて振り返る。その途端、澄子の表情が曇った。
「ご無沙汰ですねぇ」
「やっと会えました」
例の『相続人』達であった。
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