妻は拳斗に慰謝料を請求する事も無く二人は円満に離婚。
除隊後、自衛隊の関連企業から幾つもの誘いがあったが拳斗はそれらを断り昔の空手仲間の一人と共同で川崎に警備会社を設立。
始めは海外旅行に行く家庭の留守番や老夫婦宅の犬の散歩等、便利屋みたいな仕事も請け負ったが現在は50名ものスタッフを抱える会社に成長。
そして経営が軌道に乗り始めた頃に真純が連絡をくれた。
自衛隊時代から結婚生活中も真純は毎年、年賀状を送ってくれていたのだが実際に会うのは79年1月の相模原市民会館以来であった。
真純は拳斗が聞かなくても眞由美の近況を一々教えてくれた。
結婚、出産、離婚、そして現状。
一方で真純は眞由美に対しては拳斗の話を敢えて何も伝えていなかった。
「所で仕事の方は順調なの?」と真純。
「あぁ。お陰様でな」
「なら逢いに行ってあげなさいよ」
「いや、しかし………」
負い目を感じている拳斗。
「まだ好きなんでしょ?眞由美ちゃんも拳ちゃんの事、忘れてないよ」
「だが……まだその時期じゃ無いと思う」
言い訳であった。この時は一歩踏み出す事がまだ怖かったのだ。
真純も、この時はこれ以上、何も言わなかった。
やがて眞由美が川崎に店を出すという事になり真純は再び拳斗に連絡する。
「お互いの仕事場が川崎じゃ、いずれ嫌でも顔を合わせる可能性大だよ。ここら辺がタイミングじゃない?」
「………判った」
背中を押してくれた真純に従い拳斗は一歩を踏み出す決断をした。
オープン当日。店の向い側まで一緒に来てくれた真純。
眞由美がドアを開け「CLOSE」と書かれたプレートを「OPEN」に裏返しているのが見えた。
「全然変わらないでしょ?」
「あぁ」
感慨深くなる拳斗。
「それじゃ、行ってらっしゃい!」
「来ないのか?」
「私は昨日、お邪魔したもの。それに今、一緒に行ったらホントのお邪魔虫になっちゃうじゃない」
「うむ………」
「ほら早く!」
真純は自分が買ってきた花束を強引に拳斗に手渡し、その大きな背中を強く叩いて手を振る。
店の扉を開け中に入ってゆく拳斗。
「さてと」
それを確認すると真純は店の扉にちょっと細工をして帰っていった。
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