一方の谷沢栄太郎が矢沢永吉を知ったのは幼稚園時代に同じクラスの『お友達』から名前を揶揄われた事がキッカケであった。
「やーい!お前、ヤザワのエーチャンだぁ!」
父親から吹き込まれたと思われる、この園児の無邪気な発言は未成熟だった栄太郎の心を傷付けるのに充分であった。
勿論、恥ずべき事など何も無い。だが子供の世界は理屈では判らない事が多々有るのも事実で名前が有名人に似てるというだけで揶揄いの対象になってしまうのもよく有る事であった。
以来、栄太郎は訳も分からず「エーチャン」とアダ名を付けられ、それが嫌で見た事も無い『やざわえいきち』という存在が大嫌いになった。
それが変わったのが小学二年生の二学期。
一人の転校生が栄太郎のクラスに転入してきた。
その生徒は同世代より身体が大きく全身からワルい雰囲気を醸し出していて何だか怖かった。
事実、その男子は喧嘩も強くクラスのリーダー格のグループが仕掛けた転入生への『洗礼』を物ともせず一人残らず返り討ちにしてしまったのだ。
その生徒が突然
「お前、ヤザワってぇの?」
また揶揄われると思った栄太郎。だが
「字ぃ違うけど永ちゃんと同じじゃんかよぉ!いいなぁ!」
意外な言葉に栄太郎は驚く。
「俺なんか鈴木宏だぜぇ!」
この頃の栄太郎からすれば、その転校生の一般的とも思える名前の方が遥かに羨ましかった。
「しかも栄太郎って正しくエーチャンじゃんかよ!羨ましいぜっ!」
馬鹿にしてる様には見えない。本気で羨ましがってる様だ。
「ねぇ」
「何だよ?」
「やざわえいきちって………何?」
「…………お前、永ちゃん知らねぇのっ!?」
「……うん」
翌日、宏は一冊の小冊子を持ってきて見せてくれた。
「これが永ちゃんだよ」
それは映画『RUN&RUN』のパンフレットであった。
初めて目にする矢沢永吉は栄太郎がそれまで想像してた者とは遥かに違う人物像であった。
「…………カッコいい!」
「だろ?」
「うん!」
キャロルの頃から大ファンだという父親の影響でYAZAWAファンになった宏。
名前も父親は『永吉』にしたかったのだそうだが母方の家族の猛烈な反対に遭い『宏』に決められたんだとか。
宏は典型的な悪ガキではあったが根は良い奴で正反対なタイプと言える栄太郎と何故か馬が合った。
この日から友達同士になった栄太郎と宏。放課後には宏が自宅に招いて父親のYAZAWA部屋にまで案内してくれ、その日以来、今迄の反動か栄太郎は完全に矢沢永吉の虜になってしまった。
それから栄太郎はクラスメイトから「エーチャン」と呼ばれる事を嫌がらなく、むしろ喜ぶ様になり性格も明るくなって宏が教えてくれる歌や矢沢語録を真似ては二人でホウキをマイクスタンドに見立てたりしながら永ちゃんに成りきって遊んだ。
また宏の父親もカセットテープに録音したYAZAWAの音源を栄太郎にプレゼントしてくれたり休みの日には宏と一緒に遊びに連れて行ってくれたりと優しくしてくれ栄太郎にとって宏との出会いは人生最大のターニング・ポイントとなった。
だが二人が4年生を修了した頃に宏が父親の仕事の都合で転校する事に。
引っ越すその日、宏は『RUN&RUN』のパンフレットを餞別に栄太郎に手渡してくれた。
受け取りながら泣き出したくなる栄太郎。
だが男なら、YAZAWAファンなら泣いちゃいけないとグッと堪える。
「………じゃあな」
「………うん」
「宏と仲良くしてくれてありがとな!」
「元気でね」
宏の両親の言葉に黙って頷く栄太郎。
走り出す車。徐々に小さくなって夕闇の中へと消えてゆく。
「ヘェーリ アップザ ミッナイトウェイン!ネーオンの街でーぇー!あーのコに会ったぜーぇオォハニィビーィー!」
栄太郎は込み上げてくる感情を掻き消す様に大声で歌った。
コメント
おぉ~!まさに「親友」
まとめ読みさせてもらったけど、やっぱり面白いです~♪
ドラマみたいに映像が浮かんできます(^^)
chinatownさん♪^^毎度です
http://blog.goo.ne.jp/chinatown77/
有難いお言葉もセンキューどーもです
先に言ってしまいますが栄太郎と宏の物語は、これで終わりでは無いのでまたヨロシクお願いします
読んでいて、どことなく自分が矢沢永吉好きになった頃の雰囲気があるうん、懐かしい感じ実際、鈴木宏くんみたいな同級生が存在していてさあ、無知な自分に一生懸命熱く語った彼には今は感謝ですね
バーテルさん♪^^
全部想像ってゆうか思い付きで書いてますが読んで下さる方の思い出にシンクロ出来たら書き手としては最高です
今後もヨロシクお願いします