ネット小説☆女達のトラベリン・バス☆201

初めての親友、宏から矢沢永吉を教えて貰ってから栄太郎の生活は全てYAZAWAが最優先事項となった。

小遣いやお年玉は貯めて全てアルバム等に注ぎ込み高校生に成るとアルバイトを始め、その給料でタオル等のグッズ類を買いまくり初めてコンサートにも参戦。

大学の頃にはチケット代と地方参戦の旅費を稼ぐ為に留年ギリギリの出席率でバイトに明け暮れた。

ただ二十歳の時には有る事が原因で自らYAZAWAを封印した時も有ったが翌年から再活動を開始。

社会人に成ってからは生活費をギリギリまで切り詰め結婚してもそれは変わらず給料は全額、奥さんに手渡し貰った小遣いからコンサート参戦の費用を捻出する様になった。

故に昼食もコンビニのおにぎり1個なんて当たり前。付き合い酒もYAZAWA関連以外は全く参加せず、それも武道館最終日の打ち上げ等、行っても年に1、2回程度であった。

また地方参戦の際には深夜バスの往復利用で翌朝そのまま仕事に行くなんてのはザラで泊まってもカプセル・ホテル、最近はネットカフェで一夜を明かし主要都市から離れてる会場には交通費を浮かせる為に徒歩で向かうなんて事を普通にしていた。

そういう事も有り、この日、奥さんが臨時でお小遣いを1万円渡してくれ「あなたの好きな永ちゃんのお店でも行ってストレス発散してきて」と送り出してくれたのだ。

因みに栄太郎の奥さんは永ちゃんファンでは無かったが夫の趣味に理解を示してくれていた。

「良いお嫁さん貰ったわよねぇ」
「嫁さんにはホントに感謝してますよ」
「アンタみたいな熱狂的矢沢信者と結婚するんだもん。でも何処に惚れたのかしらね?」
「顔じゃない?栄太郎さん顔だけなら凄いイケメンだし」と愛美がイタズラっぽく笑う。

だが栄太郎はそれには反応せず

「ちょっと眞由美さん、信者呼ばわりは止めて下さいよ!」

栄太郎は熱狂的なファンだという自覚は有ったが信者と呼ばれる事を極度に嫌がっていた。

いわゆる矢沢信者には大きく分けて二つのタイプが有り、一つは純粋に矢沢永吉の歌、言動、パフォーマンスに感動して熱狂、心酔している者と、もう一つは何も考えずに矢沢永吉をただ盲信している者である。

前者は『人は人。自分は自分』と分別の有る者が多いが、後者は決まって自分達こそ本物のファンだと思い上がり考えの違う他のファンを認めない。

「俺はアイツ等みたいに自分の考えを人に押し付けたり根拠も無く他のファンを見下したりしません!」

栄太郎にとっては矢沢信者とは後者のタイプの事を言う様だ。

「だが莉奈ちゃんはともかく恭平(ミスター・ギブソン)やお前みたいに長年全国飛び回るファンも中々居ないぞ。そういう意味ではお前は立派な信者だよ。勿論、良い意味でな」と拳斗。

そこで

「あの、一つ聞いても宜しいかしら?」

澄子が口を開いた。

「コンサートって毎回、違う曲を演奏するの?」
「そうですねぇ~、1、2曲、変わったり増えたり減ったりしますけど基本的には同じですよ」
「そ、そう……」

栄太郎だけでなく此処に居る全ての者達が澄子の疑問や今、思っている事を理解した。

「判りますよ。やる曲が同じなのに何故、何度も観に行くのかと思ってらっしゃるんでしょう?」
「え、えぇ……」

素直に頷く澄子。

「私もそれ始めに思った!1回行けばいいじゃんって!」と千晶。
「だけど行ってみたら何度も観に行きたくなっちゃうのよねぇ」
「そう!」

愛美に大きく同意する。

「こればかりは行ってみれば判るとしか答え様が無いですかね」

裕司の言葉に皆が頷く。

「上司にも言われるんだよなぁ。そんなに何度も行ってどうすんだってさぁ」と敏広。
「俺もだよ。だから好きな映画は何度も観たくなるのと同じだって言ってる」

賢治の意見は解り易く的を射ており、これには澄子も納得した。

「しかもライヴは映画と違って生モノだからねぇ」
「それ永ちゃんが言ってるし」
「そうだっけ?」
「永ちゃんが言ってると言えば『コンサートは音を聴くだけのとこじゃない。何か気持ちをもって歌ってる男に会いに行くものなんだ』とも言ってるよな」

剛健の言葉に澄子の理解は更に深まる。

ただ栄太郎の場合、何故地方にも数多く参戦するのかは他にも理由が有った。

つづく

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