第弐章 伝説
1996年、ある地方のキャパ3000人位のコンサート会場。
3人の親子連れが2階席4列目の中央部付近に腰を掛けた。
「楽しみだね」
「うん!」
母親の言葉に元気良く頷く男の子。
男の子は、この時6歳。
矢沢永吉のコンサートは未就学児童の入場が禁じられてる為、この母子にとって、この日は待ちに待った念願の時であった。
楽しそうに開演時間を待っている妻と我が子の横で付き添いで来た父親は、ささやかな幸せを感じていたが一方で、一抹の不安を抱いていた。
親子の真後ろの席が8席程、空いているのだ。
そしてその不安は的中してしまう。
開演10分前になるとド派手なカラースーツを着た男の集団が騒がしく親子の後ろにやってきた。
「何だよこの席ぁ」
「全然遠いじゃねえか」
「こんなんじゃ観えねえよ」
男達は酒臭かった。
言いたい放題に悪態をつき、中には携帯で大声で喋っている者も居て周りの事などお構いなしに我が物顔で振舞っている。
また立ったり座ったりと落ち着きが無く足を組みかえり伸ばしたりする動作の度に前の席にガンガンと無遠慮に当たり迷惑この上ない。
マナーとゆう言葉とは無縁である、その傍若無人な態度は周囲の客に嫌悪感を抱かせるのに充分であった。
そして男の子は、その男達に怯えて意気消沈してしまった。
「あ、あの~」
父親が意を決して男達に声掛けをした。
「ああん?」
露骨に敵意を表す男達。
「もう少し静かにしていただけませんか?」
「何だよお前」
「いや、その・・・小さい子供もいますので・・・」
「けっ、ガキなんか連れてくるんじゃねえよ!」
「ここはネズミの国じゃねぇぞ!」
一人の男の下らない一言に仲間が大笑いする。
「大体コンサートなんだから静かになんかしてる方が可笑しいだろ!ロックなんだからよ!!」
「そ、それはコンサートが始まってからで・・・」
こんな時に正論を言った所で無意味なのだが、こうゆう事に慣れてない父親にはこれが精一杯の反論であった。
「いい加減にしてよ!」
それまで黙っていた母親が勇気を出して立ち上がった。
「あなた達だって矢沢ファンなんでしょ?いい歳して、お酒の臭い撒き散らして、こんな周りに迷惑かける様な事しといて、永ちゃんがあなた達を見たら何て思うかしら!」
「何だとこのアマ~!」
男がキレた。
「上等じゃねえか!相手になってやるよ」
「おうよ!こっちはコンサートなんざ、どうでもいいんだからよ!」
「お前等諸共、今日のライヴもブッ潰してやんぞ!!」
この言葉には母親も周囲の客も絶句した。だがその時
「面白いわね。やって貰おうじゃない」
その声に周囲の視線が集中する。
一人の女性が侮蔑をたっぷり含ませた視線を男達に送っていた。
この物語はフィクションです。
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