二月の第二土曜日。
寺田徹と護の二人は澄子の要請で神崎宅に招かれていた。
リビングにて大量の書類をテーブルに並べ各項目を一つ一つ確認していく。
「御免なさいね。面倒をお掛けてして……」
「とんでもない。これも仕事ですし」
「それに専門分野ですから」
全ての作業を終え手際良く書類を片付ける二人。
「ですが……」
最後の書類を仕舞いブリーフケースを閉じる護の表情が曇る。
「本当に、これで宜しいのですか?」
「これが最善策だと思うの。その為に貴方達を巻き込んでしまうのは大変心苦しいのだけれど……」
「いえ、我々は全然……」
「でも、まだ早過ぎますよ。こうゆう事はもっと後になってからでも……」
「私はもう長くは生きられません。死んでしまってからではどうにもならないと主人も生前言ってましたし」
「いや、そんな……」
「検査の結果だって特に異常は無かったとドクターからは聞いてますよ」
「自分の身体ですもの。それに関してはお医者様より自分の方がよく判るつもりです。痛い程に……」
言葉が出ない徹と護。
重い沈黙が流れる。
「あ………とにかく、もし、お心変わりが有る様でしたらいつでも仰って下さい。その都度、修正しますので」
「…………有難う」
「それじゃ、今日はこの辺で」
二人同時に立ち上がる。
「何のお構いもしませんで」
「いえいえいつも御馳走になってばかりで」
カウンター・キッチンの上には空になった鰻重の箱が置かれていた。
玄関まで見送る。
「まだまだ寒いですからお大事になさって下さいね」
「大丈夫よ。ありがとう」
「今日も冷えるから早くお休みになって……」
「残念ながら今日はそうもいかないの。夜は新年会が有るから」
と少女の様な微笑みを浮かべる澄子。
「あぁ……ではお気を付けて」
「楽しんできて下さい」
神崎宅を後にする寺田兄弟。
「大丈夫かなぁ?病み上がりで新年会なんて」と護。
「その辺の分別はお持ちだろ」
「でもなぁ……」
「佐野さん達も御一緒だろうし大事には至らんさ。それに……」
「それに?」
「久し振りに見たよ。澄子さんのあんな笑顔」
「………あぁ」
「もしかしたら御主人のお友達と逢うのが今の澄子さんにとっては一番の薬なんじゃないのか?」
その頃、神崎宅
「あら?ウナギはお口に合わなかったのかしら?」
新年会へ行く為の身支度を整えミィの餌桶を見る澄子。
半分以上、残してしまった自分の鰻重をタッパーに移していると、ミィが「頂戴!頂戴!」のポーズをしてくるので少しお裾分けをしたのだが殆ど食べなかった様だ。
倒れて以来、食が細くなってしまい退院してからは週に2度の通院と大量の飲み薬に頼る日々。それでも一時よりは体調も良くなってきた。
ソファに座り携帯のメール・チェックを始める。
メールは全て雄一郎のYAZAWA仲間、今は澄子の大切なお友達からの物で皆が今日、久し振りに自分に逢えるのを楽しみにしてるという内容であった。
それを読んで涙が出てくる位に嬉しくなる。
思えば彼等が居たから、彼等の存在が有ったから自分はあの時、一命を取り留める事が出来たのかもしれない。
そこにミィが膝の上に飛び乗ってくる。
無防備な状態を見せるミィのお腹を撫でながら一度は、いっそミィに全ての相続権を与えてしまおうかなんて非常識な考えも浮かんだ事を思い出し苦笑してしまった。
何にしても自分にもしもの事が起こった場合、全ては徹と護が取り計らってくれる事になり、それによって雄一郎の仲間達に迷惑を掛ける事も避けられそうなので澄子は幾らか気が楽になった。
「ミイちゃん、私が死んじゃっても徹さんと護さんが居るから心配しないでね」
その時、呼び鈴が鳴った。
真純がタクシーで迎えに来てくれたのだった。
澄子は、まるでこれから遠足にでも行く子供の様な躍る気持ちで玄関へと向かった。
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