春先になり雄一郎の2周忌を控えていると、また例の相続人達が個別で神崎宅に入れ替わり立ち替わり来る様になった。
ただ、これは澄子側も予測済みで寺田兄弟を始め真純とその頼りになる後輩達の協力、また、その招かれざる客が来ると姿を隠してしまうミィの動物的本能を頼りに多少の後ろめたさを感じつつも居留守を使う事で連中と一々顔を合わせなくて済んだ。
また健康面では体力が著しく低下している事を日々の生活で痛感させられた澄子は気候も良くなってきたのでウォーキングや、ある大女優を真似てスクワットを始める。
すると、その成果なのか日を追うごとに食欲も増え薬の量、通院の回数も減らす事が出来、看護師達も「順調に回復されてますねぇ!」と驚嘆していた。
だが
「一体どういう事ですか?」
ある日、寺田護は以前から顔見知りでもあった澄子の主治医に呼ばれ病院内の応接室にて話を聞かされていた。
「前の検査では異常は見付からなかったって……」
「えぇ。異常は有りません。異常はね。ですが~」
主治医はカルテをテーブルの上に並べた。
「実は月に1回のペースで精密検査を受けて貰ってたんですがねぇ」
並べたカルテを見回しながら。
「少しずつではあるんですが、身体の機能が徐々に徐々にと低下している様なんですよ。例えばこの数値なんですが~」
様々な数値を一つ一つ丁寧、具体的に説明してくれるが医療専門用語ばかりで法律畑の護には何が何なのか、さっぱり理解出来なかった。
ただ澄子の身体の状態が今、決して良好とは言えないという事だけは理解出来た。
「何と言いましょうか、例えるなら、まるで生命のカウント・ダウンが刻一刻と刻まれているというか、不謹慎ではありますが」
「………どうにか食い止められないんでしょうか?」
「病気とは違いますからなぁ。身も蓋もない言い方をしてしまえば老化現象。どんなに長生きしても誰もがいずれはこうなる訳で」
護は以前、澄子が言ってた言葉を思い出した。
『自分の身体ですもの。それに関してはお医者様より自分の方がよく判るつもりです。痛い程に………』
1日1日を過ごす度に『死』が一歩ずつ近付いてくる。
当たり前な事ではあるが最近の澄子は日々その現実を意識してしまう様になっていた。
しかし恐怖心は無かった。むしろ、だからこそ今日を悔いなく過ごそう、良い1日にしようとゆう気持ちになれるので『死』を意識してしまうが故に逆に『生』を実感出来るのもまた事実なのであった。
だが、やれる事は限られている。
日常の掃除、洗濯、炊事等と体力作り。これが日課となっており徐々に体力はアップしてきてるという実感は有るのだが、それでも若くない故にそれ等を全てやり遂げると疲労で何も出来なくなり直ぐに床に着いてしまう事も多かった。
この頃の澄子にとって日々の楽しみといえば時々訪れてくれる寺田兄弟や真純の後輩を招いてのティー・タイム。
それから今では自分の体調と相談しなければならない為に月に数回、不定期となってしまった真純とのランチ。
一人で過ごしている時はリビングにて雄一郎が残した矢沢永吉のCDを流しながらミィの遊び相手をしつつ、そのままソファの上で揃って昼寝をしてしまうのが習慣となっていた。
そしてある日、澄子は偶々テレビで放映されていた映画を何気なく観ていると段々とその物語の中に引き込まれていった。
マーティン・ブレスト監督のその映画はアンソニー・ホプキンス演ずる死期が近づいている大富豪とブラット・ピット演ずる『死神』との奇妙な交流を軸に男女、そして父娘愛をテーマに描かれた作品で何処かコミカルでハートウォーミングなストーリーは澄子の気持ちをとても豊かにしてくれた。
映画が終わりテレビのスイッチを消す。
何故か妙に人肌恋しくなってしまう。
澄子は立ち上がって出窓で寝ているミィの元へと向かった。
優しく撫でながら抱き上げ思わず頬擦りしてしまう。
無抵抗なミィを抱きかかえながら澄子はふと窓の外へと目を向けた。
《死神さん、もし居るのなら私を連れて行くのはもう少し待って頂けないかしら。せめて…せめて矢沢さんのコンサートを観られるその日まで……》
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