ネット小説☆女達のトラベリン・バス☆231

約2ヶ月前

「ホントに大丈夫か?」

訝しげな表情の敏広。

「保証は出来ないけど頑張るよ」
「失敗したら全てが台無しに成るかもしれないぞ」
「解ってる。でも、この曲だけは俺に弾かせて欲しい。いや、俺が弾くべきなんじゃないかと思えてならないんだ」
「まぁ裕司が自分から、こういう事言い出すのは珍しいよなぁ」
「1曲だけだし、任せてみれば?」
「でも、この曲は結構、難しいぞ」
「残り2ヶ月、死ぬ気で練習するさ」

自己主張を殆どしないが、同時に、いい加減で軽はずみな事を絶対に言わない裕司の覚悟に敏広達は賭けてみる事にした。

裕司が不器用な事は幼馴染の敏広が一番よく知っていたが、それを忘れさせる位に日に日に上達していき1週間前にはプロの清純も太鼓判を押す程のレベルに達していた。

だからと言って本番に、その成果を出せるとは限らない。

練習では完璧にこなせる様に成ったと思っていても、実際にステージへと上がると頭が真っ白になって、それまで積み重ねてきた物が全く発揮出来ないのはよく有る事で、敏広達はその恐さを充分過ぎる程、知っていた。
そうならない為にも練習、練習、また練習と繰り返すのだが、その点に関しては裕司はやるべき事をやり続けたという事実は仲間達、皆が理解していた。

後は天に託すしか無い。

そして麻理子も客席で祈る様に両手を握り締めステージ上の裕司を心配そうに見詰めていた。

所が、仲間達がどうしても心配を拭えない中、清純だけは今現在の裕司に大して全く逆の印象を受けていた。

《こりゃ驚いた!プロでもステージで、あそこまで自然体でいられる奴は居ないぞ!》

ドラムセットから裕司の背中を眺めつつ清純は次に演る曲の成功を確信した。

視線を天井からギターのフィンガー・ボードに移す裕司。

自然と脳裏に雄一郎の顔が浮かぶ。

そして在りし日の雄一郎、澄子夫妻の姿が。

裕司はC#m7b5(シー・シャープ・マイナー・セヴン・フラット・ファイヴ)のコード・フォームを押えると右手をゆっくりと振り下ろした。

ジャン!ジャン!

F#ドミナント7th、Bマイナーと流れる様にコードを刻むと観客席から響めきと拍手が起こる。

そんな中

「裕クン………」

感極まって涙ぐむ麻理子。

黒く煤け皮がボロボロに剥けた指先を瞬間接着剤で固めて尚、練習を続けていた裕司を傍で見ていた麻理子にとって、その努力が報われたこの瞬間は他の誰よりも裕司を祝福してあげたいという気持ちで胸が一杯になった。

その裕司の後でアイ・コンタクトを交わす敏広達。満足気な表情で小さく頷く。

2小節のイントロダクションを2回、繰り返すと裕司は更に1小節分、間を空けてゆっくりと口元をマイクスタンドに近づけた。

「二度と~言わない~俺に~♪」

再び拍手と響めきが起こる中、澄子の表情がハッとなる。

「この唄は……」

♪長い旅。それは神崎雄一郎が最も愛した曲であった。

つづく

コメント

  1. ハルモニア より:

    こういった文章を拝見していると、自然と楽器を手に取ってしまう。
    5弦4フレットルートから始まって…という感じ
    私はバンド経験はないですが、ラウドな曲より静かなバラードでコードを刻む方がはるかに気を遣うと改めて感じました。ミス・トーンがモロに聴こえてしまうので。

  2. AKIRA より:

    ハルモニアさん♪^^毎度です
    >5弦4フレットルートから
    正にドンピシャです
    仰る通りクリーン・トーンだと上手い下手がハッキリ出ますからね
    またヨロシクです

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