ライヴを1ヶ月後に控えた8月上旬、アクシデントが起こった。
助っ人ドラマーの柏田哲也が交通事故に遭ったのだ。
幸い命に別状は無かったが事故現場から救急車で運ばれ即、入院。
翌日に知らせを受け揃ってお見舞いに行と
「済まないな。こんな事になっちまって………」
右足をギプスで固められ両腕も包帯で巻かれ自由が利くのは左足だけという痛々しい姿。
だが思ったより元気そうなので麻理子達も一安心ではあった。
「何だってこんな事に?」と賢治。
狭い路地の横断歩道を渡っていると右から一時停止を無視して進入してきたベンツに撥ねられ右足を骨折。倒れた際に両腕を強打。
お友達とのお喋りに夢中で歩行者に気付かなかった加害者であるマダムの「あら!ごめんあそばせ」という何処か他人事の様な態度には痛みを忘れそうな程にムカッとしたが、見舞いに来たその旦那が平身低頭平謝りで土下座までして治療費は勿論、高級個室の用意、毎日の高級フルーツの差し入れ等の高級づくしという誠意余り有る対応には却って困惑してしまった。
「どうせ食いきれないからお前等、持って帰ってくれ」
院内のナースにお裾分けしても尚、減らないフルーツを土産に持たせる哲也。
「大事に至らなかったのは良かったが………」
「こっちは一大事だよなぁ……」
病院を後にしながら頭を抱えてしまう敏広達。
ヘルプ(代役)を頼もうにもドラマーの知り合いは殆ど居らず増して哲也程の腕前の持ち主は皆無。
居たとしても本番まで約1ヶ月という短い期間で全曲憶えるのはプロでもない限り不可能であろう。
「………ドラム・マシン使うしかないな」
「………他に手は無いか」
「まぁ俺達YASHIMAのドラムは元々マシンだったんだしな」
「でも大丈夫?」と加奈子。
「当日には間に合わせるさ。だけどそうゆう訳だから俺は明日からの練習はちょっと休ませて貰うぜ」
帰宅すると敏広は自身の練習で使っているドラム・マシンでパターン制作を開始。未明まで作業を続け一度ベッドに潜り込む。
翌、日曜日のサギ高での練習は敏広抜きで行われリズムのガイドは電子メトロノームをギター・アンプに繋げて鳴らした物を使用した。
そして敏広は昼前に起床し一度シャワーを浴びて作業再開。すると午後3時頃に携帯が鳴りだした。
「公衆電話?」
ディスプレイの表記を不可解に思いつつ通話ボタンを押す敏広。
「もしも…」
「喜べ!!」
「うわっ!」
いきなり絶叫に近い声が聞こえてきたので思わず仰け反りながら携帯を耳元から離す敏広。
電話の主は哲也であった。
「強力な助っ人が俺の代役やってくれる事になったぞ!」
両手が不自由な為、病院ロビーの公衆電話から担当ナースの手を借りて電話を掛けている哲也が興奮気味に告げた。
次の土曜日。いつもの溝の口の練習スタジオ。
「で、強力な助っ人って誰なの?」と加奈子。
「それが聞いても教えてくれねぇんだよ。土曜になれば判るってさぁ」
「哲也さんが強力っていう位だから相当な腕だよな」
「でも、あの人の廻りでそんな人、居たっけ?」
「大学では、あの人が抜きん出てたからなぁ」
「じゃあ俺達が全然知らない人か?」
「ただ、一人だけ心当たりが……」
「誰だよ?」
「でも、まさかなぁ……」
「だから誰なんだよ?」
その時スタジオ内の電話が鳴った。
麻理子が受話器を取る
「はい……………あぁ、お通しして下さい」
受話器を置く麻理子。
「お客様がお見えになったって」
「来たか!」
「誰だろな?」
程なくスタジオのドアがドン!ドン!とノックされる。
「はい!どうぞ!」
分厚いドアのせいで外には聞こえないのだが一応返事をする。
ガチャッ
「YASHIMAの面々は此処かい?」
メガネのかけたロン毛の男が入ってきた。
「よ、吉岡さん!!」
それは敏広の心当たりがある人物であった。
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