「まだよ。いらっしゃい」と眞由美。
「盛り上がってるみたいじゃない」
「情事さん、こんばんは」
「遥子ちゃん久しぶり!元気だった?」
「はい。去年は打ち上げ急に欠席してすみません」
「いいのいいの!でも遥子ちゃんは、ちゃんと事前に連絡くれるから助かるわぁ」
情事と呼ばれるこの女性は打ち上げ等を仕切る言わば宴会部長の様な存在で今回の新年会の発起人でもあった。
「で、このコがその親友さん?」
「はい」
「は、初めまして!山本麻理子です」
「ホントに可愛いコね」
昨年の武道館最終日の打ち上げの時に敏広達から麻理子の話は聞いていた。
「情事さん、去年の打ち上げの店、良かったですよ!」と敏広。
「でしょ。色々調べたのよ。私に感謝しなさい!」
「いつもしてますよ」
「とか何とか言って陰で私の悪口言ってるんじゃない?」
「そんな事ないですよ!」
「あぁ、そういえばコイツこの前、情事さんの事を九重親方みたいだって~」
「おいコラ賢治!止めろ!」
「何ですってぇ!?」
「いやいや!それだけ頼り甲斐があるって意味で言ったんで決して見た目の事じゃありません!」
「お前それ全然、言い訳になってないぞ」と拳斗。
「大体、頼り甲斐って女性に対する褒め言葉じゃないわよねぇ」と眞由美も付け加える。
念の為に記載しておくが九重親方とは元横綱の千代の富士の事である。
四面楚歌になった敏広の慌てふためく姿に皆が笑う中、麻理子はちょっと困惑していた。
「ん?どうしたの?」と遥子。
「え?」
「何か困惑してる感じ」
いつもの事だが麻理子の胸の内は直ぐに遥子に気付かれてしまう。
「あの~失礼ですが・・・」
遥子の言葉で皆が自分に注目してしまった為、麻理子は恐る恐る情事に尋ねた。
「女性の方ですよね?」
「?、そうだけど?」
「いや、あの・・・遥子も皆さんもジョージさんってお呼びしてるから・・・」
一瞬、沈黙が店内を包む。
そして一気に笑いが巻き起こった。
当然、麻理子には何故、笑いが起こるのか理解出来なかった。
「そっかそっか!そうゆう事ね!」
「麻理子には判らないはずよね」
「情事って私のハンドル・ネームなのよ」
まだ理解出来ない。
愛美がラックから1枚のCDを取り出し麻理子の前に置いた。
矢沢永吉のスタジオ・アルバムとしては通算18作目がこの『情事』である。
「私のお気に入りでね。これから取った名前よ」
大体、理解できた。
「本名は佐野真純。どっちみち男みたいな名前でもあるんだけどね。ヨロシクね」
麻理子に名刺を渡す。
麻理子が貰った2枚目のYAZAWAな名刺はその『情事』のジャケット・アートが描かれていた。
「は、はい。こちらこそ失礼な事を聞いてすみません…」
「うふふ、いいのよ。ネットでは私、本気で男に思われてるしw」
真純はパソコンで矢沢関連の掲示板によく書き込みをするのだが、そのHNと、ちょっと乱暴な文体を書き込む為にリアルの真純を知らないネットユーザーからはオッサンだと思われている。
「こんばんは~」
また扉が開く。
今度は40代後半と思われる男女が二組、入ってきた。
「いらっしゃ~い」
「おぉ。結構、揃ってるねぇ」
二組とも真純の古くからの友人で敏広達は面識があったが遥子は初対面であった。
「ママ、そろそろ7時だけど」と愛美。
「まだ全員、揃ってないけど始めちゃいましょうか」
雑談の最中に愛美がグラスとドリンク類、オードブル等を乗せたプレートをカウンターに準備していた。
眞由美が手際よく、それ等をテーブルに運び、真純や敏広達も手伝う。
カウンターから出てきた愛美が瓶ビールの栓を抜きグラスに注ぐ。
「麻理子はウーロン茶にする?」
「うん」
全く飲めない訳では無いがアルコール類は元々そんなに好きでは無かった。
皆の手にグラスが渡ると真純が挨拶を始めた。
「みんな忙しい時に時間を作って来てくれてありがとう。堅苦しい挨拶は抜きにするけど今年も場所を提供してくれた眞由美ちゃん一言ヨロシク」
「みんな今日はジャンジャン飲んで売り上げに貢献してね」
笑いが起こる。
会費は一人あたり三千円と決まってるのでジャンジャン飲まれたら逆に赤字なのだが当然、眞由美は知ってて、それを言っている。
「それじゃ今年もヨロシク!」
「かんぱーーーい!!」
YAZAWAな新年会が始まった。
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