野上龍太は仰向けに倒れた若い男に馬乗りになり、素手で、その顔面を殴り突けていた。
ガコッ!ガコッ!ガコッ!ガコッ!
跳ね上る返り血を浴びながらも眉一つ動かさず無言で左右の拳を交互に振り下ろし、その度に骨と骨がぶつかり合う様な鈍い音が響き渡る。
みるみる変形してゆく若い男の顔面。
普通なら、ここまで殴れば自分の方が腕の痛みに耐えられなくなるであろう。
だが高校の頃から空手で鍛え上げた龍太の拳は、この程度で悲鳴を上げる程ヤワでは無かった。
その傍らでは身長2メートルを超える屈強な大男が黙って、その光景を見守っている。
この男はパブリック・リタリエイションのオブザーバー。
ボクシングや格闘技の試合で例えるならレフェリーの様な存在である。
そして此処は都内某所の政府系ビルの地下に有る特殊訓練場。
極一部の関係者以外、絶対に立入る事の出来ない場内には龍太と、普段は機動隊員の任に就いている、このオブザーバー。そして今、龍太に殴られ続けている被、人権剥奪者の高校生の3人だけであった。
元々は小綺麗であった、その若者の顔は、鼻は潰れ折れた歯が唇や頬肉を突き破り眼球も破裂し最早、見ただけでは誰なのか判別出来ない程、無惨な姿に変形してしまっていた。
やがて、ピクピクと痙攣していた、その身体がピタリと止む。すると龍太は拳を撃ち下ろすのを止めて立ち上がった。
横たわる高校生を一瞥しながら両腕で十字を切る。空手家の癖である。
「宜しいですか?」とオブザーバー。
「はい…」
「終了!」
その掛け声の後、分厚い自動ドアが開き職員数名が小走りで近づいてくる。
タンカを持った2名が高校生の身体を乗せ残りの職員達が夥しい量の血液で汚れた床の清掃を始める。
「休憩を挟みますか?」
「いえ、続けてお願いします」
「承知」
一度その場を離れるオブザーバー。片隅にあるケースの中からビニールに包まれたオシボリを数本取り出す。
「あぁ、すみません」
返り血で汚れた顔と拳を渡されたオシボリで拭う龍太。程良く冷えた感触が心地良い。
自動ドアが開きタンカが中へと運ばれる。
その奥には2人の刑務官に両腕を掴まれた一人の高校生が不安げな表情で佇んでいた。
その横をタンカが通り過ぎる。
「ヒイィイイッ!!」
変わり果てた、かつての仲間の顔を見て震えあがる。
「騒ぐな!」
低くドスの効いた刑務官の声。
やがて場内の清掃が終わると
「二人目を場内へ!」
オブザーバーの指示に従い刑務官が二人目の被、人権剥奪者を中へと連行する。
「ヒィィイイ!嫌だ!嫌だぁ!!」
悲鳴を上げながら抵抗する高校生。
「立てコラァ!!」
しゃがみ込もうとする若輩者を力尽くで引き摺る刑務官。片方の職員が臀部に軽く蹴りを入れる。
龍太の前へと突き出され、それでも逃げようとするもオブザーバーに襟首を捕まれる。
「は、離せぇ!うわぁ!」
絶叫するも片腕で簡単に転がされる高校生。倒れた所を大人4人に囲まれてしまう。
尻餅を付いた様な体勢で
「こ、こんな事が許されるのか!人権侵害だぁ!!」
「アホかお前は」とオブザーバー。
「裁判の結果、お前の人権は剥奪されたんだよ。お前も、その耳で判決を聞いてるだろ」
「う、う、嘘だ!何かの間違いだぁ!」
「間違えたのは、お前の親だ。お前の様なアホを産んで育てたんだからな」
このオブザーバーの言葉は龍太の胸にもチクリと刺さった。
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