ネット小説☆女達のトラベリン・バス☆017

「こんばんは~」


時計の針が9時を過ぎた頃に初老の男性が一人、Open Your Heartに訪れた。


「神崎さん!!」
遥子と眞由美が同時に叫ぶ。
「大丈夫なの!?」
眞由美が駆け寄る。
「まぁ、お陰様でね」
店内に入りドア閉めようとした時に神崎が、よろけた。
眞由美と拳斗が咄嗟に支える。
「いやぁ、すまないね」
「無理しないでね」
「遅れて申し訳ないね。昼寝をしてたら寝過ごした」
「いいのよ。でも来てくれて嬉しいわ」
「体が鈍っちゃってね」と苦笑する神崎。


拳斗がドアに一番近いソファに神崎を促し愛美が、お絞りとホットレモネードを持って神崎の前に置いた。
「神崎さん今日はアルコールは駄目だからね!」と眞由美。
「判ってる。ウチのにもキツく言われてるからね。暫くは大人しくしてるよ」
「いいコねぇ」と隣に居る真純がお子ちゃま扱いしながら神崎の頭を撫でる。
黙って撫でられる神崎の姿に一同から笑いが漏れる。


熱いレモネードを一口、啜って
「遥子ちゃん昨年は色々と悪かったね」
「とんでもないです。ホント大丈夫ですか?」
「体の方は大丈夫だよ。ここまで来るのにチョット疲れたけどね」
「よかった。でも無理しないでくださいね」
「ありがとう。ウチのも遥子ちゃんにヨロシク伝えて欲しいと言ってたよ。所で・・・」
神崎の視線が麻理子の方に向けられる。
「こちらのお嬢さんが?」
「はい。神崎さんのチケットは無駄にしませんでしたよ」
そう言って麻理子の肩をポンと叩く遥子。
「初めまして。山本麻理子です」
今度は詰まらずに言えた。
「裕司の言う通り本当に可愛らしい人だねぇ」
神崎は財布から1枚、名刺を取り出した。
「神崎雄一郎です」
麻理子に渡されたその名刺はYAZAWAな物ではなく普通の名刺であった。
「昔の職場の名刺が大量に余っててね」と笑う。
反射的に裏返すと手書きで携帯番号とメールアドレスが記載されてた。


神崎雄一郎は大手重工業の工場に長年勤めていたが4年前に定年。
職場の部下だった富沢裕司が今まで世話になったお礼とゆう事でその年のコンサートに招待した所、齢60にして完全にYAZAWAワールドにブッ飛んでしまい、以来、毎年ライヴに参戦しながら敏広や眞由美達とも交流を深めていった。


「それじゃ神崎さんも来た事だし改めて乾杯しましょ!」
立ち上がった真純がグラスを持ち上げて周囲を見回した。
「神崎さんの快気祝いと永ちゃんの益々の活躍を期待して」
「カモーン、カモーン、カモーン、カモーン、カモーン、カモーン」
誰かが♪Big Beatの一節を歌いだした。
「Wooooooooo~OH!!」
威勢のいい掛け声と共に皆がグラスを掲げる。


神崎が来店してからの1時間は始めの時の熱帯夜の様な空気が嘘の様に和やかな雰囲気の中で会話が交わされた。
最も隣のテーブルでは敏広達も混ざって酔いの廻った男集が何やら馬鹿話で盛り上がってる様だが麻理子は彼等を見ても何故か今日は不快に思わなかった。
大学のコンパや職場での忘年会等では、お酌を強要されたり無理に酒を勧められたりとゆう事もあって酔っ払いに対して嫌悪感を抱いていた麻理子だったが思えば今日は誰も麻理子に酒もお酌も強要しないし酔った勢いで無神経な事を言う輩も、この場には居なかった。


麻理子はこの日、初めて『酒の席』を楽しいと思った。


つづく

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