麻理子が風呂から上がった時、時計は既に日付が変わり1時を指していた。
髪を乾かしパジャマに着替えベッドに潜り込んだ時にやっとホッとする事が出来た。
当たり前だが今日は本当に疲れた。
だが頭は冴えてしまい色々な事を考えてしまう。
やはり思い浮かぶのは遥子と麗子の事だ。
あの二人が居なかったら帰る事も出来なかったし何よりどんな危険な目に遭っていたか判らない。
一瞬、恐怖心が甦ったが直ぐに落ち着く事が出来た。
ただ気になる事がある。
二人とも初対面だった自分に対して過剰な程に親切であった。
勿論、感謝はしている。してもしきれない位に。
だが全く面識が無い自分に対してあれ程までに色々と気をかけてくれる物だろうか?
それと遥子。
入学初日に、同じクラスだったとしても会話はおろか挨拶すらしてないのに自分の名前をフルネームで憶えていた。
普通、そんな事が有り得るだろうか?
席が隣、或いは前後だったりしたら自然に記憶に残る事もあるのかもしれないが席はアイウエオ順だからそれも無い。
考えられるのは担任が出席を取る時に名前を呼んだので、それで憶えた。
だが何故、自分の名を?
それとも遥子はクラス全員の名前を記憶してる?
考えれば考える程、解らなくなってゆく。
自然と、まぶたが重くなってきた。
麻理子は、そのまま睡魔に身を委ねた。
―――翌日―――
普段の麻理子は早起きで始業時間の30分前には登校しているのだが、この日ばかりはギリギリまで寝てしまい学校に着いたのは始業10分前であった。
小走りで教室に入ると遥子は既に登校していた。
「おはよう」
「おはよう」
何だか照れ臭い。
「眠れた?」
「う、うん」
「よかった」
「あ、昨日は本当に~」
「そんなのはいいから今度、どっか遊びに行こ!」
「う、うん」
「お父さんも少しは門限、緩くしてくれたでしょ?」
「うん」
まだ父、孝之とはその辺の話し合いはしていないのだが昨夜の事もあって麻理子の要望がある程度なら受け入れて貰えそうな雰囲気ではあった。
「そういえば昨日、部活やりたいって言ってたけど、もう決まってるの?」
「ん~、まだ何も。槙村さんは~」
「遥子でいいわ」
「うん。遥子さんは中学の時、何か部活を?」
「さん付け要らないって。私は習い事してたから部活はやってなかったの」
「習い事?」
「うん。合気道」
「あぁ」
麻理子は昨夜の遥子の見事な立ち回りを思い出した。
「でも無理して部活始める事も無いんじゃない?」
「どうして?」
「だって一緒に遊びに行く時間が無くなっちゃうじゃない」
「うふふ」
「この学校、部活は義務じゃないんだし。だから特にやりたい事が無いのなら無理に部活始めて時間に縛られるのもどうかなって思ったの」
「そっか」
実は麻理子が部活を始めたいとゆうのは父が決めた厳しい門限に対して反発する為の理由付けみたいな部分もあった。
遥子は昨夜の時点でそれを察していたのかもしれない。
「充実した高校生活なら部活じゃなくても出来るよ。要は自分で考えて自分で責任持って行動する事」
この言葉は麻理子に響いた。
そしてそれは麻理子に昨日の孝之との、やりとりを思い出させた。
本来、部活や門限とクラスメイトとの円滑なコミュニケーションは無関係である。
今、思えば自分があの時、父にぶつけた鬱憤は自分自身の未熟さを認めたくない為の八つ当たりだったのかもしれない。
結果、家を飛び出しても自分の力だけでは何も出来ず両親にも、そして遥子達にも迷惑をかけた。
反省の気持ちと同時に何だか目が覚めた様な気分を感じた。
「なんてね。これは姉貴の受け売り」と言って舌を出す遥子。
「あははは」
始業のチャイムが鳴り間も無く担任が教室に入ってくる。
「また後でね」
自分の席に戻る遥子。
「うん」
昨夜ふと湧いた麻理子の『気になる』は、もうどうでもよくなっていた。
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