ネット小説☆女達のトラベリン・バス☆013

2004年1月


正月休みの余韻から覚め始めた頃に遥子からメールが届いた。
矢沢仲間達との新年会の誘いの内容であった。
日取りは今月の第4土曜日。場所は川崎のBar : Open Your Heart。


麻理子は昨年、武道館で逢った朝倉眞由美の事を思い出し、その時に貰った名刺をケースから出した。
いわゆる酒の席が昔から苦手であったので、この手のイベントは大学時代から欠席していたのだが、この時ばかりは出席したいと返信した。
尤も遥子の誘いを断った事は一度も無いのだが思えば遥子からの酒絡みの誘いはこれが初めてであった。


携帯を閉じ麻理子は、ふと壁に掛けてあるフォトフレームに視線を送る。
9種類もの写真が飾られているが2枚を除いて、いずれも遥子と一緒の写真ばかり。


真ん中の写真で視線が止まる。
高校の卒業式の時に二人だけで撮った写真であった。
振り返ってみるとあの頃が、遥子といつも一緒だった高校の3年間が今までの人生で一番楽しかった気がする。
高校卒業後、麻理子は自宅からバスで通える武蔵野市内の、遥子は新宿区の大学と別々の道を歩みだした二人。
それでも親友同士だったから繁盛に連絡は取り合っていたが、お互いの生活習慣が変われば当然、会う機会は減ってしまう。
大学生活もそれなりに楽しかった。
新しい友人。初めての恋愛。初めて垣間見た大人の世界。
だが今、振り返ってみると刺激的ではあったが思い出と呼べる物は殆ど無い。
強いて挙げれば、大学の先輩だった初めての彼氏に浮気をされて半年で破局した切ない思い出くらいか。


大学を卒業すると麻理子は調布市内の総合病院の受付で働き始める。
社会人になってからは、お気楽だった学生時代と違い慌しい日々が、ただ漠然と過ぎ去って行く。
気が付けば20代も半ばに差し掛かっていた。


《二十歳を過ぎたら三十路まで早い》
成人式の時にはそんな事ないでしょうと思っていたが今は実感している。
思えばそんな焦りからあんな行動に出ちゃったのかもしれない。


麻理子は視線を左上の写真に移した。
昨年破局した元カレ、小野寺泰昭とツーショットの写真であった。
同じ大学で同い年で同学年。
4年生の時に知り合い元カレと違い真面目で誠実そうな所に惹かれ初夏の頃に付き合いだし遥子にも何度か逢ってもらっていた。
卒業後も交際は順調で麻理子は、いよいよ結婚を意識しだしていたのだったが昨年の春辺りに泰昭の仕事が急に忙しくなり逢えない日々が続く。
メールと電話のやり取りだけでも始めの内は我慢出来た。
だが次第に泰昭からの反応が素っ気無くなりだし二言目には「忙しい」「今、疲れてる」で切り上げられてしまう。


《もしかして浮気してるんじゃ?》
元カレの事もあって不安になった麻理子は以前よりも増してメール、電話攻勢を仕掛けだし遂に泰昭の自宅にアポ無しで押しかけてしまった。


結局は浮気の事実は無く本当に仕事が忙しく泰昭は自分の時間すら確保出来ずストレスが溜まる日々の連続だったのだが麻理子の行き過ぎた、また自分への配慮に欠ける行為に嫌気がさして後日、別れを告げられてしまう。


「仕事で疲れ切ってる時に押しかけられたら男は怒るよ。それは麻理子が悪いよ」


フラれた数日後、久しぶりに逢った遥子に言われて、その時は傷口に塩を塗られた想いだったが今は何とか冷静に受け止める事が出来た。
「彼が信じられなくなったんなら別れるべきよ。逆に自分を信じてくれない男と麻理子は付き合える?」
あの時はカフェの店内で人目も憚らず泣きに泣いたのだが、これも今は理解できる気がする。
遥子は昔から麻理子を絶対に甘やかさなかった。
麻理子が自分の気持ちに同意して欲しい時も優しい言葉で慰めて欲しい時も遥子は自分がおかしいと思ったら決して容赦しなかった。
時々、本当に親友なのかと疑いたくなる時もあったが、だがそのお陰で麻理子が成長出来たのも事実であった。
何より厳しい言葉の中にも遥子のそれには常に愛情が篭っていた。


《また遥子に助けてもらった》


高校の頃の、楽しかったあの頃の様な日々が再び訪れそうな感覚。
しかもそのキッカケとなったのが『矢沢永吉』とは麻理子にとって全くの想定外であったが今はそれさえも楽しめる位に傷も癒えてきた。
麻理子は昨年のクリスマスに遥子がプレゼントしてくれた矢沢永吉のベスト・アルバム『THE ORIGINAL』のDisc Aをミニコンポにセットした。


つづく

コメント

  1. なかやす より:

    AKIRAさん、はじめまして♪
    埼玉県在住の”なかやす”といいます。
    「女トラ」楽しく読ませてもらっています!
    頑張ってくださいね(*^_^*)

  2. AKIRA より:

    なかやすさん♪^^初めまして
    嬉しいコメントありがとうございます
    実は自分も埼玉在住なんですがそれはともかく
    多くの皆様が楽しめる様な物語を心掛けていきますんで
    今後もヨロシクお願いします

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