店の向かい側の歩道にまで来てはみたが、どうすればいいものか。
自分が憶えていても相手は憶えてないかもしれない。
だとしたら何と言って話しを切り出せばいいのか。
それに万が一、間違い、つまりあの時の恩人とは別人だとしたら?
何せネットの書き込みでは事実とは、かなり違う話も多かったし、お店の方も和〇ア〇子の様な人とあった。
それが本当なら、この店に行く意味は殆ど無い。
本来ならそこまで考え込む必要は全く無いのだが、この時の里香には誰かに背中を押して貰う必要があった。
そんな時に懐かしい声が聞こえてきたのだ。
「里香よぉ、店の名前を見てみろ!Open Your Heartだろ。ドアを開けろだぞ!」
「そ、そうだよね……うん!」
心の声に叱咤され里香は腹を括った。
一人の男性客が大きなキャリーバッグを引いて店を出て行くのが見えた。
深呼吸を2、3度繰り返して里香は意を決して店に向かいドアを開けた。
「いらっしゃいませ」
「こ、こんばんは。お邪魔します」
カウンターの奥にいる眞由美を見て里香は確信した。
《間違いない!あの時の人だわ!!》
「普通に入ってくればいいじゃない」と眞由美は苦笑した。
「そうなんですけど私、気が小さくて。でもあの時、眞由美さんが私の事を少しでも憶えていてくれて本当に嬉しく思いました」
「私も嬉しかったわ」
「それと・・・」
「ん?」
暫しの沈黙。
「眞由美さん、さっき言ってくれましたよね?私達矢沢仲間だって」
「言ったわよ。嘘じゃないわ」
「そう言ってくれた時、凄く嬉しくて・・・私・・・仲間と呼べる様な友達、居なかったから・・・」
止め処なく涙が溢れ出てくる。
眞由美は何も言わず里香の左頬に右手でそっと触れた。
優しく暖かい手の平だった。
里香は両手で眞由美の手を握り締め、その温もりに甘えた。
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