「母さん、麻理子は出掛けたのか?」
翌日9月4日の朝9時の山本家のダイニングにて、お茶に茶菓子を摘みながら洗濯が終わるのを待っている香澄に朝の挨拶も無しに質問する孝之。
「昨夜から帰ってきてませんよ」
視線はテレビに向けたままの香澄。
「何だと?」機嫌が悪くなるがいつもの事である。
「全く嫁入り前の娘が外泊なんぞ」
「いいじゃありませんか外泊くらい。あの子もう26ですよ」
「歳の問題ではない!悪い虫でも付かないか心配じゃないのか!?」
「悪い虫だなんて。いい加減、彼氏の一人や二人、居て貰わなきゃ困りますよ」
「そ、そんなもん一人居れば充分だっ!」
益々機嫌が悪くなる孝之。香澄は昨年まで麻理子に彼氏が居た事を知っていたのだが面倒なので孝之には黙っていた。
「ん?何だこれは?」
孝之の視線が棚の上に置いてあった郵便物に行く。
「ちょっとちょっと、それは麻理子宛に届いた物ですよ!」
孝之は無視して手に取ってみる。
封筒に印刷されてる差出人の活字を見て孝之は顔を顰めた。
「ヤザワクラブだと?」
それは麻理子が申し込んだ矢沢永吉公式ファンクラブから昨日届いた封書であった。
「何だってこんな物が麻理子宛に届くんだ?」
「あぁ、最近よく聴いてるみたいですよ」
「何だと!?」
マックスレヴェルのボリュームで叫ぶ孝之。
「ちょっと、あんまり大声、出さないで下さいよ」
「これが大声を出さずにいられるか!何だってウチの麻理子が矢沢なんかを!」
「何を今更。あの子は楓の影響で昔からロックとか聴いてたじゃありませんか」
「ビリーとか何とかゆうヤツならまだいいんだ!だが矢沢となると話は別だっ!」
「別にいいじゃありませんか。そんなのはあの子の自由ですよ」
「何を暢気な事を言ってるんだ!知らんのか!?矢沢永吉とゆうのはな!暴走族の親玉なんだぞ!!」
傍で聞いたら爆笑物のボケ発言だが言ってる孝之は大真面目であった。
「何を馬鹿な事を………」と呆れ顔の香澄。
「本当に知らん様だな!現に何年か前にも奴の集会が東京スタジアムで行われてだな!」
この孝之の言う集会が2002年の矢沢永吉デビュー30周年記念コンサート『ONE MAN』である事は言うまでもない。
「その時に周辺住民から物凄い数の苦情が寄せられてだな!我々市役所職員がどんなに大変だったか!!」
苦情の話は事実であるが何もそれは矢沢に限った事では無く、サッカーの試合やアイドル、洋楽のコンサートでも必ず苦情が出るのを香澄は知っていた。
「いい加減にして下さいな。ウチの麻理子が暴走族の集会なんかに参加する訳無いじゃありませんか」
「脅されて無理矢理、連れてかれてるのかもしれないじゃないかっ!」
「心配いりませんよ」
「何故言い切れる!?」
「遥子ちゃんが一緒ですから」
「…………そ、そうなのか?」
「えぇ」
遥子の名が出た途端に大人しくなる孝之。
さっきまでの喧騒が嘘の様に静まり返る山本家のダイニング。
暫し沈黙が流れる。
「そ、そうか。槙村さんも一緒なのか。それなら安心だな。うん。そうかそうか……」
孝之が独り言の様に呟く中、香澄は空になった自分の湯飲みにお茶を注ぎ足し茶菓子に手を伸ばす。
テレビからエセ文化人の空々しいコメントが聞こえる中
「な、なぁ母さんや」
「何ですか?」
お茶をズズッ。
「槙村さんは~最近また~ウチに来られるのかね?」
「えぇ」
あられをパクッ。
「おぉ!そうかね!」
香澄の横で立ったまま嬉しそうな表情を浮べる孝之。
お茶をズズッ。
「んん~きっと~素敵な大人の女性になられたんだろうねぇ~」
「そりゃもう」
煎餅をガリッ!
「おぉ~そうかそうか!!」
お茶をズズッ。
「ん~久し振りに是非お会いしたいものだねぇ~」
カリカリ梅をガリガリッ!
「今度はいつ~ウチにお見えになるだろうねぇ~?」
返事が無い。
「なぁ母さんや?」
振り返る孝之。
だが香澄は洗濯物を干しに向かい、そこに姿は無かった。
コメント
あはは☆
お父さん、うけました~!!
山本家の茶の間が目に浮かびました^^
chinatownさん♪^^ありがとうございます
堅物親父がYAZAWAと聞いたらきっとこんな感じになるんじゃないかと思って書きました(笑)^^
母親が理性的な人柄なんで良かったです(爆)